16年経っても消えぬデマが示す「事実に対する誠意と倫理観」が揺らぐ日本社会の現実

HARBOR BUSINESS Online / 2020年7月10日 8時33分

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イスラム教シーア派の有力組織サドル師派の事務所=2004年4月9日=イラク・バグダッド

 前回、情報公開請求で安田純平氏が「何度も人質になった」かのような事実はなく、大手メディアを含むネットで蔓延っているそれらの言説が明確なデマ・誹謗中傷であることが明らかになった。

 第2回となる今回は、16年経っても消えないそれらのデマが、安田氏に、そして日本社会にどのような影を落とすのかについて語ってもらった。

◆拡散されたデマは16年が過ぎても消えることはない

 2004年当時から、私は自分の著書などで「人質ではないスパイ容疑の拘束だった」と事実をもとに説明してきた。当初、「人質」と表記していた大手メディアも、しだいに「人質」とは書かず、「拘束」と表現するようになってきていた。「人質」であることを示す事実関係が何一つないことを大手メディアも認識しているからだ。

 それでも「人質」と報じたメディアは自らの報道を何ら検証せず、事実上の誤報が訂正されることもなく世の中に残されている。拘束組織からの接触や要求が「ない」ことは証明しようがないから、「人質ではなかった」とは訂正できないわけだ。

 だからこそ「ある」という根拠がなければ報道すべきではないのだが、直前の3人の人質事件の騒ぎの中で、メディアが持つべきそうした倫理観は吹き飛んでしまっていた。

「何度も人質になっている」というデマの発端が、2004年のイラク拘束なのは間違いないだろう。いくら反論したところで一度流れたデマは消えることはなく、何度でも蒸し返されて、さらにデマがデマを呼ぶかたちでエスカレートし拡散されていく。事実を粛々と提示し続ければデマを払拭できるとかつて私は信じていた。16年が過ぎ、それが幻想にすぎないことを理解した。

◆「人質報道」のおかげで「日本人を人質にすれば身代金を取れる」と思われるようになった!?

 デマは、本人の感情を損ねるというだけの問題ではすまない。

 2015年6月23日未明にシリアに入った私は、取材の受け入れが決まっていた組織とは違う組織に接触してしまい、スパイ容疑をかけられて拘束された。容疑は2日ほどで晴れ、そのまま解放される可能性もあったが、2004年のイラクでの拘束が「hostage(人質)」と海外メディアに報じられていたことを知った彼らは、「日本政府から身代金を取れる」と考えて私を人質にすることに決めた。

 拘束組織は日本政府への接触を試みたが相手にされないため、半年を過ぎたころから私の動画や画像を公開し始めた。撮影の際、彼らのひとりは私に「日本は身代金を払う。なぜならイラクで人質だったお前が生きているのは身代金が払われたからだ」と言った。

 イラクでの拘束を最初に報じたのは日本メディアであり、海外メディアまで根拠を示すことなく「hostage(人質)」と書いたのは日本メディアの報道をそのままなぞったからだ。日本メディアはその後、「人質」とは書かなくなったが、インターネット上に残った「hostage」の文字が消えることはない。

「人質」という虚偽の情報、デマが流された結果、世界中の相当数の人々が「日本人を人質にすれば身代金を取れる」と考えるようになっていると考えられる。人を拘束して監禁する事件は、世界でも特に治安が良いとされる日本でも発生する。

 人質にされる危険性があるのは紛争地だけではない。事実誤認や虚偽の情報、デマによって全ての日本人が危険にさらされるということを、日本政府も日本国民も認識しておくべきだ。

◆軍や警察が「スパイ容疑」で拘束するのは“職務質問”程度のこと

 また、私がシリアで拘束されている間に、ネット上ではイラク戦争が始まった2003年以降に私がイラクで軍や警察に計2回拘束されたことを含めて年表にされて広められた。

「何度も拘束されて毎回解放されているのはおかしい」と自作自演を疑われたり、「これほど拘束されているのはギネス級だ」などと笑いものにされたり、テレビの情報バラエティ番組でも「この人は何回も捕まっているんですねえ」と紹介してタレントたちが呆れてみせるといった取り上げ方をされた。「何回も人質になっている」と言っているのは、これらの拘束まで「人質」だと信じた人々だろう。

 軍や警察による拘束については、日本大使館が2週間以上前にイラクを去った後のイラク戦争の最中のことだ。いずれも2~3時間程度で解放され、旅券も機材も金も一切奪われることなくそのまま取材を続けて予定どおりの日程で帰国した。その間もその後も、私にも家族にも日本やその他の国の外務省や警察などからの連絡はまったくなかった。

 当然、報道もされていない。つまり、“職務質問”程度のものである。いちいち軍や警察が日本政府に連絡することもない。こうした拘束はほぼ「スパイ容疑」だが、疑いが晴れれば解放されるだけのことだ。軍や警察のこの程度の拘束すら絶対に避けなければならないなら、現場に記者は1人もいなくなるだろう。

 もしも日本政府やその他の誰かが救出していれば、そのまま取材を続けられるということはありえないし、本人にも家族にも連絡がないのもありえない。また、もしも政府が解放に関与していれば、見せしめのように必ず発表し報道されている。日本政府がこれらの拘束があったことすら認知しておらず、交渉した、救出したということもないのは間違いない。

◆戦場の現実を「異常」なものととらえ、集団で叩き嘲笑する人々

 これらの拘束は私の著書やブログなどで自ら公開してきたものだ。海外、特に紛争地においては武装組織や軍、警察に拘束されることは日常茶飯事で、街を歩いているだけ、カメラを持っているというだけで連行されることもある。

 そうした地域に駐在する大手メディアの記者の中には、1年間だけで何回も経験している人もいる。現場ではごく当たり前のできごとだ。それを公にする人はほとんどいないが、取材現場の実態のひとつとして自分の経験を記してきたつもりだった。

 しかし、これが仇になった。できるだけ編集をせずに細かい情報を公開していくことで、無数の人々が参加するネットの世界では現実に即した情報分析がされていくと無邪気に思っていた。

 だが現実には、紛争地の現場では珍しくないものを“平和”な日本の感覚で「異常」ととらえ、やりたい放題デマを膨らませながら「異常」なものを集団で叩き、嘲笑する声のほうが圧倒的に大きかった。

 そうした人たちは全体の中の割合としてはさほど多くはないかもしれないが、わざわざネットに書き込むのはそうした人たちだ。そこに便乗して名を売ろうとする人々が事実誤認やデマの記事を書き、それを「世論」と考える一部の既存メディアはタレントたちを使って吊し上げに加わりさらに人々を煽る。

 もはや「事実なんかどうでもいい」という状態で、これは私の件だけでなく、日常的に繰り広げられている光景だ。

◆日本社会の「事実に対する誠意と倫理観」が揺らいでいる

 罵詈雑言を浴びせる誹謗は、たとえ見ないようにしたところで一度でも目にすれば記憶に残り続け、精神を蝕む。気にしないようにするというのは当事者にとっては難しいことだ。

 それでも時間がたてば誹謗されるという現象そのものは沈静化していくこともあるだろう。だが、あたかも虚偽ではない事実であるかのように広められた中傷は、無視しても反論しても消えることはない。

 世の中のものごとは、必ずしも事実関係をすべて明らかにできるわけではない。それでも、明らかになっている事実関係を積み重ねることで推論として浮かび上がるものもある。それを論じることができなくなってしまえば、非常に限られた言論しか認められなくなってしまう。

 だからこそ虚偽の事実であったり、事実誤認であったりすることがないよう、事実の確認に手を尽くすべきであり、根拠不明であるならばただちに削除・訂正し、すでに流布してしまったデマの解消に全力で取り組むべきだ。

 言論の自由を守るためにも、既存メディアを含む日本社会の「事実に対する誠意と倫理観」が揺らいでいる現状を問い直す必要があるのではないか。

<文・写真/安田純平>

【安田純平】

ジャーナリスト。1974年埼玉県入間市生まれ。一橋大学社会学部卒業後、信濃毎日新聞に入社。在職中に休暇をとりアフガニスタンやイラク等の取材を行う。2003年に退社、フリージャーナリストとして中東や東南アジア、東日本震災などを取材。2015年6月、シリア取材のためトルコ南部からシリア北西部のイドリブ県に入ったところで武装勢力に拘束され、40か月間シリア国内を転々としながら監禁され続け、2018年10月に解放された。著書に『シリア拘束 安田純平の40か月』(扶桑社)、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』『自己検証・危険地報道』(ともに集英社新書)など

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