百貨店跡「3度目の再生」に揺れる地方都市――巨大商業ビル「リムふくやま」は「平成の商業史」の縮図だった

HARBOR BUSINESS Online / 2020年8月25日 8時33分

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山陽新幹線の車窓からも見える巨大商業施設「リム福山」。 「そごう」として開業し、8月30日に3度目の閉店を迎える。

 中心市街地の大型店が苦境を極めるなか、広島県に「3度目の再生」を目指す巨大な商業ビルがある。

 そのビルの名は「リム福山」。この8月30日に「3度目の閉店」を迎える。

 時代に翻弄され続け、「平成の商業史」の縮図ともいえる巨大商業ビル。その歴史と今後を追った。

◆バブル期に計画、バブル後に開業――計画未達に終わった百貨店「そごう」

「リム福山」の建物は、もともと大手百貨店「福山そごう」として1992年4月29日に開業した。出店地はJR福山駅の西側、徒歩6分ほどの場所で、建物は地上9階・地下2階、店舗面積は34,440㎡(そごう27,222㎡)だった。

 そごうはバブル期に全国各地の再開発計画地に目を付け、既存店舗の不動産資産を新規出店の資金源とすることで経営規模を拡大していた。この福山そごうも同様であり、福山市に本社を置き、同市の商工会議所会頭が経営する「山陽染工」跡地を再開発したもの。そごうはさらにJR福山駅ロータリーに面する「伏見町再開発」への参画・協力も表明することで、出店を決定的なものとした。そごうは出店地に本社を置く1店1社主義を掲げており、福山市に本社を置く百貨店は無かったため、市や商工会議所などもそごう出店を大いに歓迎したという。

 福山そごうの出店が正式に決まった1988年はバブル景気の真っただ中であり、さらに福山市にはライバルとなりうる地場大手百貨店「天満屋福山店」(本社:岡山市)があったため、そごうの地方店舗のなかでも特に豪華で贅を極めた建物となった。

 開業時のキャッチフレーズは「夢発信、素敵が集うミュージアム」。館内には、大都市の都心百貨店さながらのダブルクロス(4連)エスカレーターや金色のエレベーターが設置され、シャンデリアや人工河川、噴水、からくり時計などがある光景はまるで高級ホテルのようであった。

 当初、そごうは想定商圏を「北は島根県松江市、南は愛媛県今治市まで」としており、年商は350億円・将来的には600億円台を目標にしていた。しかし、開業前にバブルが崩壊。さらに永年地元に親しまれており、JR福山駅の対面という好立地にある天満屋福山店の壁は厚く、実際の年商は200億円台に留まった。

◆「一度目の閉店」は2000年。負債額は約560億円

 1999年にはライバル・天満屋が福山駅から2kmほど東側に郊外型百貨店とショッピングセンターの複合店舗「天満屋ポートプラザ店」を出店。同年、福山そごうは大手百貨店としては珍しい「100円ショップ」の導入をおこなうなど経営努力を続けたが、そごうの経営破綻に伴い2000年12月に閉店、運営会社は破産することとなった。株式会社福山そごうの破産宣告時の負債額は約560億円であった。

 なお、閉店後に一部のテナントはライバルであった天満屋へと移転した。そしてJR福山駅前の「伏見町再開発」は、そごう破綻後に選定された事業者がリーマンショックの影響で経営破綻するなどこじれにこじれ、2020年時点でも着工されていない。

◆1度目の再生は「都市型ファッションビル」も……

 「一度目の閉店」となった福山そごう撤退後、福山市はすぐに新たな入居企業探しに奔走した一方、「旧そごうへの税金投入は行わない」としていた。

 とはいえ、福山そごうは経営破綻直前でも約224億円(2000年2月期)もの売上がある地域有数の広域集客施設であった。福山市長は、そごうの破綻は福山市側にとって「落ち度が無いにも関わらず降って沸いた天災のような難題」であると述べ、結局は市が建物を約26億円で買い取ることを決めた。また土地所有者であり、そごうの誘致にも関わった山陽染工は、旧そごうの底地を福山市に寄贈した。

 建物・土地が福山市の所有となったことで、新たにテナント出店する企業は広島県への不動産取得税、国への登録免許税、福山市への固定資産税などがいずれも不要となるため、後継店舗の誘致が進むものと思われた。一方で、旧そごうに約26億円もの税金を投じることは賛否を呼び、福山市内では賛成・反対双方の署名活動や陳情活動がおこった。

 しかし、店舗面積が大きすぎたことに加えて福山駅近くの繊維ビルや伏見町(実現せず)で再開発計画があったこともあり、入居希望者は現れないまま2年近くが経過。唯一手を挙げたのは、近隣に店舗がある百貨店「天満屋」だった。そして、そごう閉店から約2年半の時を経て、2003年4月に「天満屋」が運営するファッションビルと百貨店の中間業態「福山ロッツ」が誕生した。

 天満屋は岡山市に本社を置き、中国地方各地で百貨店・ファッションビル・都市型ショッピングセンター・スーパーマーケットと多彩な業態の店舗を運営している。そうしたノウハウを生かし、福山ロッツには中国地方初の「コムサストア」を核に、米国の大手アパレル「GAP」、イズミの高級ブランド店「エクセル」、地場大手書店「廣文堂」、雑貨・書店「ヴィレッジヴァンガード」、雑貨店「ロフト」(2007年出店)、雑貨店「Francfrancfranc」、子供服ミキハウスの旗艦店「MIKI HOUSE こどもぱぁく」、喫茶「カフェモロゾフ」、天満屋の食品売場、地場大手家具店「小田億」(のちに天満屋の家具売場)、「福山市立ふくやま書道美術館」、フードコート、レストラン街などが出店。首都圏で人気のブランドや中国地方初出店のテナントも少なくなく、当初は「百貨店系の都市型ファッションビル」として賑わいを見せた。

◆ネックとなった「駅から徒歩6分」

 しかし、ロッツは百貨店の天満屋と比べて駅から少し距離があるうえ、2007年11月には福山駅に直結するJR西日本グループの商業施設「さんすて」がリニューアルし、若者向けのファッションテナントが充実することとなった。駅から徒歩6分の旧そごうは、ロッツとなってもその立地に悩まされ、さらにリーマンショック後のアパレル不況もあって天満屋は10年間の営業を以て以降の契約の更新をおこなわないことを表明。福山ロッツは2013年4月に閉店し、再び一部の人気テナントが天満屋へと移転することとなった。

◆2度目の再生は「郊外型テナント」主体

 2度目の再生は比較的早かった。福山ロッツの閉店後、運営を引き継いだのは大和ハウスグループの「大和情報サービス」。福山ロッツが閉店した4月中(9月までは改装しながら営業)に、複合商業ビル「リム福山」(エフピコがネーミングライツを取得し「エフピコRiMふくやま」)として営業を再開することとなった。

 半分ほどのテナントはロッツ時代から営業を継続したものの、地階は家電量販店・ディスカウントストア「ミスターマックス」の生鮮導入(総合スーパー)業態となり、そのほか「くまざわ書店」、100円ショップ「セリア」、ファミリーレストラン「サイゼリヤ」、家具「ナフコ」などが新たに出店。さらに公共施設がかなり増え、福山市男女共同参画センター、少年サポートセンターふくやま、子育て応援センター、ひろしましごと館福山サテライト、ものづくり交流館などが設けられた(一部はロッツ時代から入居)。

 しかし、ロードサイドの郊外型ショッピングセンターを得意とする大和ハウスグループの運営となったことにより、ロッツに比べるとロードサイド店で良く見かけるテナントが増えたことは「見劣り感」を生んだうえ、郊外店との直接競争にも繋がった。リム福山は開店直後からナフコ、コムサ、any SiS(オンワード)など有力・大型テナントの閉店が相次ぎ、そうして生まれた空き区画を福山市が次々と「公共施設化」していったこともあり、商業施設としての魅力はさらに低下。売場は「歯抜け状態」となってしまった。

◆老朽化との戦いにも敗北

 また、ここに来て「豪華な内装」も大きな問題となって降りかかってきた。先述したとおり、福山そごうは旧そごうのなかでも特に豪華な店舗で、エレベーターやエスカレーターも一般的な百貨店より多く設置されていた。ファッションビルとして再生された際に一部を停止する措置などが取られていたとはいえ、開業から30年近くが経ち、老朽化が目立つ状態となっていた。また、空調や照明も多くは旧そごうを引き継いだものであり、最新の商業施設よりもランニングコストが大幅に高くなっていたと思われる。末期には空調効率を上げるために空き区画を壁で封鎖するなど、様々な努力がおこなわれた。

 結局、大和情報サービスは2020年8月30日を以てリム福山を閉店することで福山市と合意。この夏、旧そごうは「3度目の閉店」を迎えることになる。

◆3度目の再生は「個人商店中心」に?――地元からは不満の声も

 さて、この豪華な建物の3度目となる「再生」は実現するのだろうか。

 建物を所有する福山市は、都市再生コンサルタントなどとともに旧そごうの再生案を検討。「全体改修」(65億円)、「一部閉鎖して改修」(40億円以下)、「減築」(40億円)(ここまで商業施設+公共施設などとして活用する計画)、「解体・土地売却」(30億円)など様々な案を提示。そのなかで福山市が選んだのは「大部分を閉鎖して一部を活用」することだった。一部のみの活用ならば、老朽化したエスカレーターやエレベーターの稼働も一部のみで済むうえ、空調や照明の交換も最低限で済むと判断したのであろう。

 福山市は、3億円弱をかけて旧そごうの1階(延床6,800㎡)だけを改装・活用する再生案を発表。7月から再生に向けたサウンディング調査を開始しており、その後に新たな事業者を募集、2021年に事業希望者による「プレゼンテーション会」をおこなったうえ、新事業者を決定したのち駐車場を含めて一括賃貸、2022年4月の開業を目指すとしている。

 一方で、福山市と都市再生コンサルタントが「再生の一例」として提示している案は、個人商店を中心とした「小規模な飲食店」や「チャレンジショップ」等を入居させるというものだ。

 現在、リム福山周辺には多くのマンションや住宅がある。そごう出店時、周辺にはダイエー、ニチイ、イズミなど多くのスーパーがあったがいずれも撤退しており、現在リム福山周辺の最寄りスーパーは約500メートル東(駅寄り)にある繊維ビル跡の再開発ビル「アイネスふくやま」内のミニスーパー「フレスタおかず工房」であるなど、中心市街地にはスーパーが少ない状態だ。そのため、リム福山に出店している大型スーパーや100円ショップ、書店などは比較的利用客が多く、中心市街地の住民にとって無くてはならない存在となっていた。

 それゆえに福山市が掲げる「小規模な個人商店中心」の再活用案を残念に思う市民も少なくないとみられ、「プレゼンテーションなどにより選ばれた個性的な店舗」よりも、「一部のみ活用でもいいから普通のスーパーや100均を出店させたほうがいいのでは」という声も上がっている。

 福山市は、旧そごうを同市が進めている中心市街地の都市再生整備計画の中核施設に位置付けるというが、「巨大な商業ビルに小規模な個人商店のみが並び、そこを地域全体の賑わい創出に繋げていく」という光景は、とくに地方都市ではなかなか想像しがたいものである。

 福山市が「落ち度が無いにも関わらず降って沸いた天災のような難題」としていた旧そごう再生問題。一方で、今回の再生に際して新たな事業者・再生案を選ぶのは福山市自身である。そのため、仮に早期の「再生失敗」となれば「市に落ち度は無かった」と言い切れないことは確実だ。

「バブル期に生まれた豪華な百貨店」から「公的資金を活用した若者向け・都市型ファッションビル」、そして「公共施設での穴埋め」と「郊外店との競争」「老朽化・省エネ問題」による閉店、行政による「公募とプレゼンテーション」による再生――時代の波に翻弄され、様々な活用がなされてきた大型商業ビルは、「平成の商業史」の小さな縮図であるともいえる。

 3度目の再生は、新型コロナ禍のなか厳しい再出発となることは確実である。

 間も無く開業30年を迎える巨大商業ビルを「街なかに住む住民にとって便利な施設」にすることができるかどうか――新たな事業者の、そして福山市自身の手腕が試されることになる。

【参考文献】

福山市伏見町まちづくりフォーラム(ウェブサイト)

中条健実(2007):駅前大型店の撤退と再生-地方都市の旧そごうの事例-. 荒井良雄、箸本健二 編『流通空間の再構築』pp.177-196,古今書院.

【協力】

黒崎そごうメモリアル

<取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】

若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体『都市商業研究所』。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」

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