「順番のない順番」を待っていた若者は何から逃げ、何を見つけたのか?<映画『ソワレ』外山文治監督&村上虹郎>

HARBOR BUSINESS Online / 2020年8月29日 15時31分

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 8月28日より映画『ソワレ』が公開される。本作は“かけおち”とも呼べる若い男女の逃避行の旅を追うドラマだ。

 オレオレ詐欺に加担して食い扶持を稼いでいる俳優志望の翔太(村上虹郎)は、ある夏の日、高齢者施設で働くタカラ(芋生悠)と出会う。祭りに誘うためにタカラの家を訪れた翔太は、彼女が刑務所帰りの父親から暴行を受ける様を目撃し、とっさに止めに入るが、タカラは衝動的に父親を刺してしまう。絶望するタカラを見つめる翔太はその手を取り、行く当てのない逃避行に身を投じる。

 監督は、シルバー世代の婚活をコミカルかつ真摯に描いた『燦燦-さんさん-』(2013)の他、将来に悩む女子高生の心理を丹念に追った短編『わさび』(2017)などで高い評価を得ている外山文治。今回は俳優の豊原功補が映画初プロデュースを手掛け、アソシエイト・プロデューサーとして女優の小泉今日子も名を連ねている。

 ここでは、短編『春なれや』(2017)でもタッグを組んでいた、外山文治監督と、村上虹郎へのインタビューをお届けする。彼らはなぜ逃げたのか? 高齢者を登場させる理由とは? など、作品を深く読み解くことができる事実を聞けたので、映画を楽しむ際の補助線として参考にしてほしい。

◆彼らが逃げてしまった理由とは

——映画の中で描かれている、もしくは観客それぞれに考えてほしいことだと承知のうえでお聞きします。なぜ翔太は、父親を刺したタカラと一緒に逃げたのだと思いますか。

外山文治監督(以下、外山) 翔太は自身の姿をタカラに重ねていて、彼女と出会ったこと、その不遇の人生を垣間見たこと、目の前で手が血まみれになった彼女を見たことなどから、彼自身も現実から逃げたかったのだと気付いたのだと思います。その瞬間、衝動的に逃げたということに、僕としてはあまり説明はいらないような気がしていました。

 そういう意味では、明確な理由は映画では描いていません。「こうだから逃げるよね」っていうロジカルな描き方もできたと思うんですけど、あえてそうしませんでした。もちろん翔太の判断は常識からすれば間違いですし、観客がそこにノレなかったら「なんで一緒に逃げたんだろうね」っていう疑問が付いて回ってしまうとも思います。でも、若い時は間違った選択を取るものだと思うんです。

 

村上虹郎(以下、村上) 映画作品として逃げるという選択肢を取るのは必然というのはもちろんですが、翔太とタカラのそれぞれの見方が違うことも理由だとも思います。冷静に見ると、あの場面で逃げたいと考えていたのは、実は翔太じゃなくてタカラだとも言えるんですよね。

——翔太も最初は逃げるという選択ではなく「ちゃんと俺が警察に証言するから!」とも言っていましたよね。父親を刺して憔悴しきったタカラの姿、その時の彼女の言葉が、翔太を突き動かしてしまったのだと、私も思います。

村上 その瞬間の翔太が彼女を見て「逃げよう」という気持ちで100%になっているのは間違いないですが、そのうちの90%くらいは自分の都合かもしれませんね。いずれにせよ、そこで翔太という人間に逃げないという選択肢は消えてしまった。さらに、その後に翔太はわかりやすく法に触れ、罪を重ねていきます。そのことがタカラを救う場面もあるとはいえ、無意識的に社会の規範から外れていってしまっていることも、翔太というキャラクターの“らしさ”なのだと思います。

◆高齢者を登場させるのは、“順番のない順番を待っているような暮らし”のため

——翔太はオレオレ詐欺の片棒を担いでいて、一方でタカラは介護の仕事をしています。お年寄りへの関わり方は完全に正反対の2人ですよね。外山監督の作品では、村上さん主演の『春なれや』の他、『此の岸のこと』や『燦燦-さんさん-』でも、お年寄りの視点を描かれています。そこに、何かこだわりや矜持はありますでしょうか。

外山 いつも高齢者を描いているので、今回も高齢者が物語に関わるのは自然なこと、こだわったというよりも、“すっ”とそういう設定になったという感じですね。今回は、それぞれの家庭というか“下界”には戻らない、山の上の施設を終(つい)の住処にしている人々を描いています。

 普通であれば、生きる気力に溢れているはずの年代の女の子のタカラが、高齢者の方と一緒にひっそりと終わりに近づいているような、順番のない順番を待っているような暮らしをずっと続けているということが重要でした。それがオレオレ詐欺に加担している翔太との対比になるようにしたんです。

——その設定はプロデューサーの意向などではなく、外山監督がロケ地なども含めて考えられたのでしょうか。

外山 実は、タカラが児童養護施設で働いているという設定も最初に考えていたんですよ。実際に豊原プロデューサーと児童養護施設に一緒に行って、子どもたちと一緒にご飯とかも食べましたね。なかには深い哀しみを抱えて生きる子もいましたが、彼らの未来に向かう力には大きな希望も感じていました。そのことから、やはりタカラがいるのは、太陽のような存在の子どもたちがいる場所ではなく、高齢者の暮らす施設のほうが良いと思い直しました。

◆役者を演じる役者だからこそ理解できたこと

——村上さんは『“隠れビッチ”やってました。』(2019)のオネエ的なキャラであったり、『ある船頭の話』(2019)の親しみやすいけれど不躾でもある役など、様々な役柄に挑戦されていますよね。『銃』(2018)では「自分の目線やテンションがもっと多角的になった」とおっしゃっていましたが、今回の役柄でも何か“掴めた”ものはあるのでしょうか。

村上 今回演じたのが何しろ“役者”なので、「今の自分よりも“卵”の状態だな」「これから彼が俳優としてどうなるかわからないな」「彼の順番が回ってくる“線路”があるのかはっきりしないとな」などと考えていましたね。

 彼が抱えている悩みは非常に普遍的なものです。何しろ、向き合っているのは、現実だったりとか、目の前のライバルだったりとか、シンプルに自分の才能や役割だったりしますから。彼の本当の敵は、芽が出るかどうかもわからないことに、継続して努力するかということです。それはきっとどの業界でもあることですし、僕はこの業界しか知らないからこそ、彼のことを理解できました。でも、タカラと比べれば圧倒的な弱者じゃない、精神的な強さがあることにも翔太というキャラクターの意義があると思います。とは言え、犯罪者になってしまっていますし、文化的に恵まれているかと言えば、そうではないんですけど。

——ご自身が俳優だからこそ、俳優を目指している翔太には、それほど悩むことなく役に入り込めたのですね。

村上 そうですね。そう言えば、撮影時にはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)がまだ公開されていなかったんです。あちらも役者が役者を演じる映画でしたから、観ていたらむしろ彼をどう演じればいいかを迷っていたかもしれないですね。

 また、僕は2世俳優(村上淳の息子)であり、東京出身であるため、確固たる地元がないんです。僕が演じた翔太も、そうした帰る地元がない、もしくは自分の成功を掴みきるまでは帰らないような性格のような気がしました。そこでも、翔太と僕は似ている気がします。

——劇中では、翔太が演技を怒られるシーンがありましたよね。あの“演技下手”の演技には苦労などはなかったのでしょうか。

村上 実は、僕にいきなりオーデションの話が来て、急に脚本を読んで覚えて演技しろって言われたことがあるんです。だから、あのシーンはある意味で僕の実体験なので、苦労はありませんでした(笑)。「こいつダセえな」って自分にムカつきながら演技できたのは面白かったですね。

◆参考にした作品はほぼなく、モットーは“やりたいことを思い切りやる”こと

——罪を犯した人間が共に逃げることなどから、『俺たちに明日はない』(1967)のようなアメリカン・ニューシネマを意識しているのかな、とも感じました。作品を手掛けるに当たって、参考にしたり、影響を受けた作品があれば教えてください。

外山 参考にした、影響を受けた作品はほとんどないんですよ。あえて挙げるのであれば、作家主義という意味で『青春の殺人者』(1967)などのATG製作・配給の映画を意識していたところはあるかもしれないですが、何しろそれは自分が生まれる前の映画ですしね。何より、今回は自分のオリジナリティを打ち出し、やりたいことを思い切りやろうというモットーで製作を続けていました。

村上 僕も監督と同じく、参考にした作品などはありません。あえて挙げるのであれば、外山監督に雰囲気の参考として、ダルデンヌ兄弟監督の『ある子供』(2005)を「気が向いたら観てみて」とオススメされたというくらいですね。

外山 アメリカン・ニューシネマを重ねて観ていただけるというのは、こちらの意図とは違うのですが、興味深いですね。街並みの撮り方や、全体的な雰囲気、逃避行という王道とも言える物語のためでもあるのか、「昭和っぽい」という感想もいただいたことがありました。いずれにせよ、懐古主義ではない形で、そういったアメリカン・ニューシネマや、昭和の雰囲気が表れた作品が現代に作られるのは、良いことだと思います。

◆「早く映画に出会いすぎてしまった」悲しみに似た感情も大事にしたい

——村上さんの、現時点での役者としての目標があれば教えてください。

村上 役者としての目標は「続けていければいいんじゃないかな」と素直に思ったりもするのですが、「十分な経験のないまま役者になってしまった」ということをもったいなく感じることもあるんです。役者をやりながら勉強をしていくことは楽しく、それはそれで頑張る要素にはなるのですが、「映画という、たくさんのものをまとめた総合芸術に早く出会いすぎてしまった」、「いろいろな経験をした後で、最後に出会ったのが映画だったらよかったのに」とどうしても考えてしまうんです。本当は「役者たるもの、こうするべきだ」みたいな信念を持つべきなのでしょうが、その悲しみに似た感情も大事にしようと考えています。

——憧れの役者はいらっしゃいますか。

村上 難しい質問ですが、あえて挙げるのであればマシュー・マコノヒーですね。彼はオスカーを取った時のスピーチで、「僕のヒーローは常に自分の10年後」と言っていて、25歳の時に「今のあなたはヒーローですか?」聞かれても、やはり「10年後の35歳の自分がヒーローだ」と主張していました。僕はデビュー当時、彼と全く同じことを公に言っているんですよ。しかも、マシュー・マコノヒーよりもちょっと早く。憧れだからというよりも悔しいので、ここで言っておきます(笑)。

◆初めはハートフルなキラキラ映画だった?

——豊原プロデューサーと小泉アソシエイト・プロデューサーが「最初の脚本では“キラキラ映画”みたいなところがあった」などと話されていたのですが、具体的などのようなことが書かれていたのでしょうか。

外山 当初の脚本は柔らかいドラマといった印象でしたね。出来上がった映画よりも、セリフもかなり多かったと思います。

村上 けっこうハートフルな内容でしたよ。温かいイメージがありました。

外山 当初の脚本では、早々に翔太がタカラの秘密に気づいていましたね。いろいろ議論をして、最終的にはああいう形になりました。

——ラストシーンにものすごく感動しました。ネタバレになるから詳しくは言えないとは思いますが、ひょっとすると監督ご自身の経験が反映されているのかな、とも思ったのですが、いかがでしょうか。

外山 いえいえ、あんな経験はありません(笑)。クライマックスからラストにかけては、タカラが翔太よりも一足を先に新しい価値観を見出し、翔太も遅れてその価値観に到達する、ということを描きたかったんです。

——小泉アソシエイト・プロデューサーは「現時点での外山監督の集大成をまずは見せたい」と語っていましたが、監督ご自身は集大成になったと自負されていますか。

外山 はい。自分の作品の過去のものよりも、プロデューサーのお二人がさらに上へ連れて行ってくれました。実際に今の僕ができるベスト、集大成以上のものができたと思います。

<取材・文/ヒナタカ>

<撮影/鈴木大喜>

<ヘアメイク/橋本孝裕(SHIMA)>

<スタイリスト/望月唯>

<衣装協力/costume/LAD MUSICIAN/LAD MUSICIAN HARAJUKU、Paraboot/Paraboot AOYAMA>

【ヒナタカ】

インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“CHINTAI”で映画記事を執筆。“カゲヒナタの映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF

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