当事者証言資料を読めば事実の歪曲は一目瞭然。百田尚樹著『偽善者たちへ』の”薄っぺらな歴史観を嗤う”

HARBOR BUSINESS Online / 2020年9月25日 15時32分

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2016年の桜を見る会で安倍総理の横に立つ百田尚樹氏(時事通信社)

◆平積みされる「日本凄い」本に辟易

 初めまして。ライターのドリーと申します。

 昨今、私には大変気が滅入っていることがあります。

 それは「日本凄い」的な語を冠した本が、書店に平積みされていることであります。

 そこで、自身のブログで保守論壇の本を色々と取り上げてきましたが、このたびハーバー・ビジネス・オンライン様に縁あって、保守論壇の主張、その歴史観の珍妙奇天烈ぶりを取り上げて頂けることになりました。

 この企画は保守の思想、主張、その歴史観を、日本エセ保守列伝と称して、その食あたりを起こしそうなゲテモノぶりを味わい尽くすというものであります。

 「肉を切らせて骨を断つ」をモットーに、ブロガーとして今まで保守論壇の珍味を、好き放題に食い散らかしてきましたが、私は元来、非常に食い意地が張っている性格です。なので、今日は、保守の中でも特に毒気の強そうな「百田尚樹」氏の著書、『偽善者たちへ』(新潮新書)を取り上げたいと思います。

 それでは、これより論評をしていきたいと思います。

◆保守タレントの代表格・百田尚樹氏とは?

 百田尚樹氏は放送作家として、数多くの人気番組を手掛け、小説『永遠の0』で作家として地位を確立、その後は、保守系文化人として虎の門NEWSなど、多くの右派系番組に出演し、保守タレントとして一躍有名になった大物だ。

 物怖じしない発言と、天衣無縫な左翼叩き芸で、一般市民及びネット右翼にも絶大な人気を誇るカリスマ作家である。

 で、今回この場をお借りし、その百田尚樹氏の「深刻な歴史観」を、解き明かしていきたいと思う。彼が去年執筆した『偽善者たちへ』は保守のお馴染みの通説が、一般市民に向けわかりやすく解説されており、その歴史観の問題点が極めて端的に表れた本といえる。

 百田氏はこの本の中で極めて「ご都合主義な解釈」で、美化された日本の歴史を、誇らしげに喧伝する。

 例えば百田氏は冒頭、「慰安婦問題は、吉田清二が、火を付けたのだ」論を、本の中で展開。これは保守が唱える一般的な慰安婦問題への見解だ。

 ーーそもそも慰安婦問題は、朝日新聞が報じた「吉田清二証言」が発端でした。朝日の誤報さえなければ、戦後70年以上経った現代に、慰安婦像で揉める事もなかったのですーー(『偽善者たちへ』p20)

 

 百田尚樹氏は、現行の慰安婦問題は、「吉田清二の証言がなければ、存在しなかった」と主張。

 だが、これは、事実が、若干間違っている。何故なら、日本政府が公式に謝罪した河野談話では、吉田清二の証言は、採用されていないからだ。

◆吉田清二のことを知らなかった河野洋平

 当時、河野洋平に、日本外交史の専門家、服部龍二がインタビューした際、吉田清二のことを服部龍二が尋ねたが、そのとき河野洋平は、吉田清二のことを全く知らなかった。本の中で吉田清二の事を問われ、河野洋平は「全然知りません」と答えているのだ(『外交ドキュメント歴史認識』岩波書店 p120)。

 じつは、河野洋平は、吉田清二どころか、吉田という名前すら知らなかった。

 

 河野談話は、実は、国内で元軍人や、業者、被害者の聞き取りを行い、発表された文書だが、この時に、吉田証言は、全く採用されなかった。吉田証言を否定している秦邦彦の主張を聞き、それを採用しなかったのである。(『アジア女性基金と慰安婦問題』明石書店 p92)

 このような事実を照らし合わせれば、百田氏の「朝日の誤報さえなければ、慰安婦問題はなかった」という記述が、如何に、事実に反しているかが分かるだろう。

 まぁ、このように朝日をやり玉にあげ、日本の加害を隠蔽するのが、百田尚樹の得意の手法なのだが、百田氏は引き続き徴用工問題を語り始め、それが「韓国人の手による捏造」だったと言い始める。

◆徴用工問題でも飛び出る嘘八百

 徴用工問題とは、日本人が、第二次世界大戦中日本の統治下にあった朝鮮人を、強制的に奴隷労働させたという問題だ。

 百田氏はこの問題に対し戦前、日本人は、朝鮮人を絶対に奴隷になどさせておらず、日本人が、奴隷として彼らを無理に引っ張って来て苦役を強いたことはなく、日本人と賃金も同じだったと主張。

「強制労働は、『奴隷労働』をイメージさせますが、日本人は朝鮮人を奴隷労働させていません。日本人と同じ給料、同じ労働、同じ宿舎でした」(『偽善者たちへ』p165)

 「『徴用工』と呼ばれている人たちは、実は徴用工でもなく、単に応募工だったのです」(『偽善者たちへ』p167)

 百田尚樹は、徴用工は日本人を貶めるためのねつ造だと言い放ち、「日本人が、絶対に、朝鮮人を、強制連行したり、奴隷的な労働を強いたことは全くない」と断言する。

◆ステッキで殴られても百田氏にとっては「奴隷待遇ではない」

 しかしこの主張は、果たして本当だろうか。

  現在、徴用工問題で、最も資料的価値が高いのが、日本炭鉱労働組合の「座談会記録」(『朝鮮人強制動員関係資料』②山田昭二編)だ。

 

 コレは、戦前、当時の日本側の職員が、朝鮮人の待遇を語る希少な証言記録を編集した一冊だ。しかしそこには驚くべき証言が綴られている。皆さんにご紹介しよう。当時の朝鮮人の待遇について、一人の現場職員はこう証言する。

 以下、朝鮮人の待遇について(抜粋)。

「本当に人間を扱う扱い方じゃなかったね」(朝鮮人強制動員関係資料②山田昭二編p61)

 さらに括目すべきは、その暴力性だ。

 「とにかく一番ひどいのは、労務の親方です。暴力を振るわなければ、寮長はつとまらない。私の知っている寮長はステッキを持ってピシツピシツやるわけですね。だからいつも生傷のあるものが、寮にいない、ということはない」(朝鮮人強制動員関係資料②山田昭二編p62)

 ステッキでピシパシやられても、百田氏は「奴隷待遇」じゃないと言うのだから、一体どんなドМなのだろうか?

 ちなみに百田尚樹の「給料は日本人と同一だった」という主張は、実際、本当だろうか。実はこれも事実の歪曲である。

 当時の朝鮮人の給料実態を示す「半島労務員統理綱要」を見れば、当時の給料の実態が分かる。これは、当時の日本人と、朝鮮人との給料を配分を指し示す希少な資料だ。しかしそこには日本人と、朝鮮人が、同一賃金であるという記述はない。むしろ逆で、日本人と、朝鮮人の明らかな賃金の差が存在することを示しているのだ。

 半島労務員統理綱要には、はっきりとこう記述されている。

「内地人の約80%の収入トス」(戦時外国人強制連行関係資料集p1271)

◆著名人の好き勝手な言論を鵜呑みにする、愛国ポピュリズムの危険性

 朝鮮人の収入は日本人の「約80%」であったことが、この一例からも読み取れる。

 このように百田氏の「日本人と賃金が同一だった」と言う主張は、資料を読めば、すぐに事実と異なることが分かる。

 次は、徴用工の強制連行は、本当に「強制なのか」と言う問題。

 この問題について、最も史料価値の高い調査を行ったのが、林えいだいだ。

 林氏は、その単著『消された朝鮮人強制連行の記録』(明石書店)の中で、当時の日本兵だった老人にインタビューしている。著者の林氏が、当時の韓国人の強制連行について尋ねると、ある老人はこう答える。

「みんな行きたがらんから、部落で若い者を捕まえては、警察署の留置所に入れた」(『消された朝鮮人強制連行の記録』p265)

 次に、徴用工は、応募工だったのか。と問うと、別の老人はこう答える。

 「徴用工という制度が出来て、これは勤報隊と違って、強制ですよ」(『消された朝鮮人強制連行の記録』p450)

 このように、当事者自身が、徴用工は「強制だった」と証言しているのだ。

 有名人の発言を、有名作家だから、虎ノ門NEWSに出ているからといって「鵜呑み」にすることの危険性が伝わっただろうか。明らかな資料に裏打ちされた事実を飛び越えて間違った事実を喧伝するのが、愛国ポピュリズムの恐ろしさである。みなさんもくれぐれも騙されないように。

 筆者はこれからも百田尚樹氏の”活躍”に注視していく所存だ。

◆新連載:保守系奇書・珍書(仮題)<1>

<文/ドリー>

【ドリー】

本名・秋田俊太郎。1990年、岡山県生まれ。ブログ「埋没地蔵の館」において、ビジネス書から文芸作品まで独自の視点から書評を展開中。同ブログを経て、amazonに投稿した『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』レビューが話題となる。著書に、村上春樹長編13作品を独自解釈で評論した『村上春樹いじり』(三五館)がある。ツイッター:@0106syuntaro

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