繰り返される「オフレコ懇談会」、毀損される「知る権利」。問うべき権力者と報道機関の距離感

HARBOR BUSINESS Online / 2020年11月17日 8時33分

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時事通信社

◆権力と報道機関の距離感

 権力者と報道機関の距離感が、改めて問われるべき局面にきている。権力者の言葉をそのまま伝えたときに、それが権力者にとって都合のよい世論誘導につながる危険性が、今回のアメリカ大統領選挙では大きく表面化した。

 日本でも、日本学術会議に推薦された6名の学者の任命拒否問題について、政府与党は学術会議の在り方へと、批判の矛先をそらそうとしており、その作戦はある程度、功を奏しつつある。

 そういった問題を考えていくためにも、その前段として今回の記事では、菅首相が就任後まもない10月3日におこなった首相番記者とのパンケーキ店での懇談会、そして現場の記者を束ねる各社のキャップとの間で10月13日にホテルでおこなわれた懇談会の問題を、振り返っておきたい。

◆参加・不参加の判断の分かれ目は

 完全オフレコで首相側からの呼びかけで行われたこの2つの非公式の懇談会について、朝日新聞は10月3日の番記者懇は欠席し、10月13日のキャップ懇は出席した。毎日新聞はどちらにも出席した。

 毎日新聞は、桜を見る会について安倍晋三首相(当時)への追及が続いていた2019年11月20日のキャップ懇と同年12月17日の番記者懇には欠席しており、そのことをツイートで公表していた。それらの懇談会がどういうタイミングでおこなわれ、安倍首相と記者とのどういう駆け引きの末のものであったかは、毎日新聞「桜を見る会」取材班による『汚れた桜』(毎日新聞出版、2020年)に詳しく記されている。

 菅首相は就任時の9月16日に記者会見を開いたが、その後、10月1日にしんぶん赤旗の報道によって日本学術会議から推薦された105名の学者のうち6名の任命が拒否された問題が明るみに出ても記者会見を開かず、官邸エントランスでの「ぶらさがり」会見にも応じていなかった。そんな中で、なぜ完全オフレコの懇談会に記者らは参加したのか。批判の目がある中で両紙はどう釈明したかを振り返ってみたい。

 朝日新聞はキャップ懇がおこなわれた10月13日の夜にデジタル記事を配信している。坂尻顕吾政治部長の署名入りだ。

●朝日新聞記者、首相懇談会に出席 内閣記者会向けに開催(朝日新聞デジタル2020年10月13日)

 10月13日のキャップ懇に出席したことを記し、「首相に取材をする機会があれば、できる限り、その機会をとらえて取材を尽くすべきだと考えています。対面して話し、直接質問を投げかけることで、そこから報じるべきものもあると考えるためです」と記した。

 そのうえで、「参加するかどうかはその都度、状況に応じて判断しています」として、10月3日の番記者懇には出席を見送ったことを述べ、「日本学術会議をめぐる問題で当時、菅首相自身による説明がほとんどなされていなかったためです」とした。

 「その後、首相から一定の説明はありましたが、朝日新聞は首相による会見の開催を求めています」と記事は続くため、10月3日は欠席したのに10月13日は出席したのは、菅首相から「一定の説明」があったため、と読める。しかし、「首相に取材をする機会があれば、できる限り、その機会をとらえて取材を尽くすべきだ」と考えているのなら、なぜ3日は欠席したのか。論理的に整合する説明はない。

 毎日新聞も10月13日夜にデジタル記事を配信している。こちらは朝日新聞の記事より長い記事で、政治部による解説記事に続き、高塚保・編集編成局次長兼政治部長の署名入りの約300字の見解、そして懇談会出席に肯定的な声として、社会活動家の湯浅誠・東大特任教授と、批判的な声として筆者(「国会パブリックビューイング」に取り組む上西充子法政大教授)のそれぞれ800字弱のコメントが掲載された。

●懇談の出欠どう判断 首相取材あり方問う声(デジタル毎日2020年10月13日)

 10月3日の番記者懇と10月13日のキャップ懇に出席したのは、10月3日の番記者懇の時点で、毎日新聞などが求めたグループインタビューに菅首相が応じることが決まっていたからだという。グループインタビューは10月5日に読売新聞・日本経済新聞・北海道新聞との間で、10月9日には朝日新聞・毎日新聞・時事通信との間でおこなわれた(それぞれ、文字起こしは下記を参照)。

●菅義偉首相 第1回グループインタビューにおける日本学術会議をめぐる質疑応答文字起こし(2020年10月5日)|上西充子

●菅義偉首相 第2回グループインタビューにおける日本学術会議をめぐる質疑応答文字起こし(2020年10月9日)|上西充子

●【全文書き起こし】2020年10月9日菅総理グループインタビュー(毎日・朝日・時事)|望月優大

 10月13日の上記の毎日新聞の記事で高塚保政治部長は、「権力取材においては、記者会見など公式な場での説明を求めていくと同時に、さまざまな機会を通じて情報を集めることが、物事の真相に迫る過程においては欠かせないと考えます」と、先に紹介した朝日新聞と同様の見解を示している。

 そのうえで、「ただし、首相が記者会見やインタビューに応じず、公式な場で説明することを拒む状況下では、非公式な懇談が優先されることは望ましくなく、そのバランスには常に留意しています」と述べる。

 朝日新聞の見解も毎日新聞の見解も、機会があれば情報を集め、取材を尽くすという姿勢を前面に出す点で共通している。しかし、「だからオフレコの懇談会にも参加するのは当然」とは語らない。「状況に応じて判断」「バランスには常に留意」と、はっきりしない言葉で留保をつける。いったい「状況」「バランス」とは何なのか。

 10月3日の番記者懇に欠席した京都新聞は、記者の逡巡を記事として10月9日に掲載した。

●物議醸す首相懇談会、欠席した理由 悩んだ記者の思いと葛藤(京都新聞2020年10月9日)

 この記事で記者は、「記者は取材先に食い込んでネタを取るものと教わってきた。まして本音と建前が交錯する永田町。対象に肉薄しなければとの『本能』がうずく」としつつ、「権力との癒着を疑われる行為に自覚的になり、取材プロセスを可視化しないと、メディア不信はさらに深まると思う」と記していた。

 どれもだいたい論調は似ている。取材の機会があればそれは捉えたい。一方でメディアと権力との癒着を疑われる中で、記者会見を開かない菅首相との「完全オフレコ」の懇談会に参加することには読者の理解は得られにくい。――そういった論調だ。しかし、問題は読者の無理解なのだろうか。そこでは都合よく別の事情が省略されているように思える。それは、記者側と官邸側の力関係の問題だ。

◆官邸側に押される記者たち

 

 上記の10月13日の毎日新聞掲載記事に向けた電話取材を受ける際に、筆者は3ページにわたるメモ書きを記者に送った。その最初の段落にはこう記した。

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オフレコ懇談会への参加と記者会見での真摯な追及は、両立するものではなく、実際にはトレード・オフの関係をはらむと認識すべきだ。

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 どういうことか。上に紹介した朝日新聞政治部と毎日新聞政治部の見解では、オフレコ懇談会に参加するか否かは社としての主体的な判断に基づくように読める。しかし実際には、主導権を握っているのは官邸側だろう。

 単なる顔合わせであれば、官邸にでも招いて堂々とやればいい。しかしそうせずに内密におこない、「完全オフレコ」を求める。各社が官邸に恭順の意を示すか否か、「踏み絵」を用意し、対応を見ているかのようだ。

 なぜ取材される官邸側が主導権を握りうるのか。それは、その後の取材依頼に対し、どの社にどういう形で応じるかを官邸側が決めることができるからだ。そもそも取材ができなければ、記者は仕事にならない。そこに記者の仕事の難しさがある。

 記者クラブ加盟社が連帯して十分に時間を取った記者会見の開催を求めることができる状況であれば、官邸側ではなく記者クラブ側が主導権を握りうるが、実際には安倍政権下で特定のメディアによる単独インタビューに首相が応じるなど連帯が切り崩されていく状況が進行し、記者側の交渉力はかなり後退しているのが現状であるようだ。オフレコの取材機会の確保が交渉や分断の材料にされることもある。そういった事情は南彰『政治部不信』(朝日新書、2020年)に詳しい。

 切り崩されていった背景には、記者クラブ加盟社に取材してもらわずともネットメディアや独自のウェブ媒体によって情報発信ができるようになったという時代の変化も記されている。前出の『汚れた桜』にも、政治部記者から見た政治家との関係の取り方の難しさが触れられている。

 記者クラブ側の交渉力が後退した結果として、首相記者会見はめったに開かれず、開かれても短時間に限られ、内閣府広報官が会見の進行を仕切り、記者の質問は一人一問に制限され、かみあった返答がなくても更問い(重ね聞き)ができず、質問内容を事前に伝えていない記者は当てられない状態となっていった。

 2020年2月29日の安倍首相の記者会見では、フリーランスの江川紹子氏が「まだ質問があります」と声をあげ、続く3月14日の安倍首相の記者会見では質問を打ち切ろうとした際に沖縄タイムスの阿部岳記者らが「まだ質問があります」「総理、これ会見と呼べますか」などと一斉に抗議し、質問時間の延長を勝ち取った。しかしその後、官邸側はコロナ対策として会見の人数を制限するなど、再び主導権を握っていく(下記記事参照)。

●縄張りを越えろ――記者とは「野蛮」な稼業のはずだった – 阿部岳(論座2020年11月13日)

 その流れの中で、菅首相は就任早々に各社の番記者にパンケーキ懇談会への出席を求めた。自分の側に主導権があることを見せつけ、自分に従うことを各社に求めたと見るのが自然だろう。

◆奪われる市民の「知る権利」

 10月13日の毎日新聞記事では、番記者懇とキャップ懇に出席することを決めた理由として、同社が求めたインタビューに菅首相が応じると決めていたことが挙げられていた。10月5日と9日におこなわれた計6社によるグループインタビューでは、用意されていたと思われる質問以外にも更問いが行われた場面もあり、日本学術会議について、推薦段階のリストを菅首相が「見てません」と答える場面もあった。記者クラブ主催の記者会見の場でなくても、重要な情報は得られた、という見方もできる。

 しかし、記者会見の場での質問とその他の場での質問とでは、大きな違いがある。正式な記者会見であれば、首相官邸ホームページに映像と発言記録が残るが、そうでない場合は、その公式記録は残らないのだ。

 今回の菅首相のグループインタビューは、なぜかTBSが映像を公開した(10月5日分/10月9日分)。その映像によって私たちは、例えば推薦段階のリストを見たかと問われたときに、菅首相が「いや、見てません」とやや早口で答え、様子を伺う表情を見せたことを見て取ることができる(10月9日分映像26:45~)。

 任命権者である菅首相が、どの6名を外したのかも把握しないまま99名の任命を行ったとなればそれは大きな問題となる。そのためその後の加藤勝信官房長官の記者会見では、「詳しくは見ていなかったということだろう」と菅首相の発言を都合よく修正する答弁がなされ、その後11月4日の衆議院予算委員会では辻元清美議員の質疑に対し、99名を任命する旨の決裁の起案が行われた9月24日の数日前に6名の具体的な名前を把握したとの答弁が行われた。

 そういう経緯を知った上で改めて映像で見れば、菅首相は不都合な話題になったときにとっさにそれを否定することによって追及を逃れようとする傾向があるのではないかとの疑念が湧く。それは映像がなければ湧かない疑念であり、記者のフィルターを通して文字情報として伝えられる中ではそぎ落とされてしまう部分だ。

 今回はTBSが映像を公開したが、これもいつまで公開されているか、わからない。ふだんのグループインタビューであれば映像が公開されることもないだろう。つまり、記者会見の場ではない場で取材が行われると、私たちは記者会見の場であれば把握することができた菅首相の表情や受け答えの様子などを知る権利を奪われるのだ。

 政治部記者にとっては記者会見の場よりもオフレコ取材の方が取材対象者の本音に迫れることから重視されるという話はよく聞くが、公式の場での取材の情報は私たちにも映像の形でオープンに開かれているのに対し、非公式な場での取材で記者が得た情報は、記者のフィルターを通じ、取捨選択や要約を施された形でしか、私たちには届かない。

◆伝えるべき事実とは

記者がおこなうべき権力監視とは、報じるに値するとみずからが判断する事実をつかみ取ることだけではない。私たちの代わりに質問し、それに対する権力者の反応を可視化させることも重要な仕事であるはずだ。

記者会見の場で質問に誠実に答えずに用意された答弁書だけを棒読みすること。都合よく自分の主張だけを語ること。記者に対し、声をあらげたり、揶揄したり、答えに詰まったり、うろたえたりすること。手があがっていても無視して質問を打ち切ること。それらもまた、私たちが知るべき事実であり、記者が記者会見の場を通じて可視化して伝えるべき事実だ。何を答えたかだけでなく、何を答えないかも重要な事実なのだ。

そしてそのような事実は、権力者の機嫌を損ねないための当たり障りのない質問をすることでは可視化することができない事実だ。だから記者には、記者会見という表舞台で、真摯に鋭い質問を投げかけてほしい。まともな答弁が得られないなら、何度でも重ねて問うてほしい。他社の記者も連帯して答弁を求めてほしい。

そして、そういうことができるように、各社の記者に踏み絵を踏ませるような完全オフレコの懇親会の誘いには乗らないでほしい。その誘いに自社だけが乗らないことがその後の取材の上で支障になりかねないという難しい事情も私たちに率直に伝えた上で、表の場での説明責任を首相が果たすことを、他社と共に連帯して求めてほしい。

そういう姿勢を見せるなら、私たちはその力関係を変えるために、気概のある新聞社を買い支え、見守って応援することができる。よくわからない言い訳で誘いに乗るならば、「権力側に取り込まれていくのではないか」という不信のなかで私たち読者も分断されてしまう。

毎日新聞の電話取材に対し、私はそういう問題意識を語った。けれども、そのあたりの話は記事には盛り込まれず、下記のように抽象的な形にまとめられてしまった。

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実際はいろんな事情があった上で記者も葛藤しているのかもしれない。それなら隠さずに表に出してほしい。メディアも強権的な官邸に押し込まれ、分断され、苦しんでいることを可視化した上で「応援してほしい」と言われれば、私たちも一緒になって応援できる

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 これだと、どういう事情か、わからない。官邸からも押し込まれ、読者からもオフレコの懇談会に出かけることによって不信の目を向けられる、そういう状況になぜ陥っているのかを率直に語ってほしい。そして私たちに応援を求めてほしい。朝日新聞も毎日新聞も、私はなくなってよいメディアだとは考えていない。ぜひ、受けとめていただきたい。

◆【短期集中連載】政治と報道 1

<文/上西充子>

【上西充子】

Twitter ID:@mu0283

うえにしみつこ●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』の解説、脚注を執筆。単著『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)、『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)ともに好評発売中。

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