「憲法知らず」が憲法を振り翳す愚と危険<憲法学者・小林節氏>

HARBOR BUSINESS Online / 2020年12月24日 8時33分

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写真はイメージです bee / PIXTA(ピクスタ)

◆ある論壇サイトで見かけた「幼稚な暴論」

 スマホを見ていたら、ある論壇サイトで、「弁護士会から日本国憲法を取り戻せ」という勇ましい主張に遭遇した。

 曰く、「弁護士会が会員に対して行っている登録、懲戒は『行政』作用である。憲法65条には『行政権は内閣に属す』とある。だから、弁護士会を(独立機関のままにせず)内閣の管理下に置け」。

 結論・評価を先に言っておくと、これは恐ろしく幼稚な暴論である。しかし、現実にはこれが責任ある編集者の審査を経て公になり、今の右派論壇と自民党の中には「その通り! 良くぞ言ってくれた」と受け取る勢力が存在することを知る私としては、今の内にきちんと反論しておく必要を感じる。

◆弁護士会の正当な活動を封じ込めたい人々の愚論

 弁護士の使命は「人権擁護と社会正義の実現」である(弁護士法1条)。だから、特定秘密保護法、共謀罪、合法的盗聴対象の拡大等、人権を不当に制約する危険性のある立法や、海外派兵を可能にする立法の場合のように法の支配自体が壊されかねない時には、弁護士会は、法律の専門家集団らしく、理路整然とした反対声明を出してきた。

 そうした弁護士会の正当な活動が気に入らない人々から、「強制加入団体である弁護士会が、(会員個々の意見は多様なのに)特定の政治的見解を公式に表明するのは不当である」「このような片寄った団体に自律性を認めている弁護士法は正しくないから改正して、弁護士会は内閣の監督下に置け」といった批判が出て来てはいた。

 しかし、憲法に照らして、それらの批判はどちらも間違っている。

◆弁護士会会員個々人には反対する自由が保障されている

 まず、弁護士になろうとする者は弁護士会に所属しなければならない。だから弁護士会は強制加入団体と呼ばれている。しかし、それは実は国家も同じである。この地球上で生きていくために、国際法上、人はどこかの国に所属しなければならない。

 私達が所属している日本は自由で民主的な国家なので国民の政治的見解は多様である。しかし、言論、選挙、議決を経て、沢山の見解の中の一つだけが国の意思として採用され、法律・予算になって強制される。それでも、各人はそれに従いながらもそれを批判する自由が保障されている。

 同じく、弁護士会も、対立のある政策課題について、討論と議決を経て、会としての立場を宣明することがある。それでも、それに対して会員弁護士が個々に反対を表明する自由は完全に保障されている。

◆法学の基礎知識すらない者の愚かさと危険性

 また、「行政」とは、国会が目指す社会状況を実現するために可決した法律と予算を公平に執行する作用である。そういう意味で、弁護士法(国会の意思)が目指す社会状況(つまり、有資格の弁護士が多数活躍して国民の人権が守られている状況)を実現するために、弁護士会は弁護士の登録を管理し、必要に応じて懲戒を行っている。この役割は、学問上の分類としては確かに「行政」作用である。

 しかし、憲法を全体として見れば答えは明らかである。憲法は、まず、人権の保障を大原則として明記している(11条、97条)。そして、そのために司法の独立(76条3項)と弁護人依頼権(37条3項)を保障している。

 諸国の歴史的体験に照らして、人権侵害の最大の主体は公権力であり、それから国民を守るものが独立した司法と、国家権力に管理されない弁護士の存在である。

 だから、弁護士会が担っているある種の「行政」権は、憲法が明文で認めた65条の例外である。

 このように条文上明白なことについて、憲法は「全体として」読まなければならないという法学の基礎知識も持たない者がしたり顔で憲法を振り翳している姿は愚かで危険である。

◆学術会議人事介入にも通底する「愚かしさと危険性」

 同じ愚かしさと危険性は、憲法15条1項(主権者国民の公務員選定罷免権)のみを振り翳して、23条(学問の自由)を無視して日本学術会議の人事に介入しようとした菅首相にも共通している。

 私は、憲法学者になってからもう40年以上も政治と付き合って来たが、最近、自民党内の空気が変わってしまった。

 人間が本来的に個性的な存在である以上、意見は当然に多様で、自由で民主的な社会は「異論共存」を楽しむ場である。しかし、最近の自民党は、自分達と違う意見とりわけ自分達を批判する意見が存在することが「許せない」ように見える。そして、遂には異論を権力で封殺しようとする。

 しかし、これこそが全体主義に向かう「いつか来た道」である。

<文/小林節>

こばやしせつ●1949年生まれ。法学博士、弁護士。米ハーバード大法科大学院のロ客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。保守派であり、改憲論者であるが、その立場から一貫して現在の自民党の改憲案に異議を称える。14年の安保関連法制の国会審議の際、衆院憲法調査査会で「集団的自衛権の行使は違憲」と発言し、その後の国民的な反対運動の象徴的存在となる

<記事提供/月刊日本2020年1月号>

【月刊日本】

げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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