「絶望している暇はない」……東大名誉教授・大沢真理氏が語る男女共同参画の未来

HARBOR BUSINESS Online / 2021年1月12日 8時31分

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Ystudio / PIXTA(ピクスタ)

「半年前では考えられなかったほど、いま人々が声を上げることができています」—-。

 東京大学名誉教授の大沢真理氏は話す。

「決して絶望している暇はないのです」

 前回の連載では、「男女共同参画会議の成立がなぜジェンダー平等につながらなかったのか」という問いについて考えた。

 それを受けて、今回の記事では大沢真理氏に話を伺った。社会政策の比較ジェンダー分析を専門とする経済学者の大沢真理氏は、かつて男女共同参画会議の設立にも関わり、ジェンダーを中心とした社会政策の分野で積極的に提言を続けてきた。このインタビューでは、男女共同参画のこれまでを振り返った上で、現政権や未来のジェンダー政策について展望していく。

◆男女共同参画会議の成り立ち

――ご自身も関わられた男女共同参画会議の設立の経緯について教えて下さい。

大沢真理氏(以下、大沢):内閣府男女共同参画会議の設立は、橋本行政改革の結果です。男女共同参画審議会が総理府にあったので、その後継の会議が内閣府に入るのは自然な流れでもありましたし、行政改革会議のなかで唯一の女性の議員であった猪口邦子氏の奮闘もありました。ただ、もともと男女共同参画会議の構想は、猪口氏ではなく橋本首相サイドから出てきたものです。

 実は猪口氏も、一時期はむしろ「女性省」を設立することを考えていたようでした。しかし、私が1996~97年に研究会主査を務めた総理府男女共同参画室の「諸外国の国内本部機構の組織と機能に関する調査研究」で、諸国のナショナル・マシーナリー(※1)の位置づけや構成が整理され、参考にされたと思います。

 この調査で、(1)「女性省」タイプ、(2)総理大臣/大統領直轄タイプが紹介され、そこでライン省庁のひとつである(1)よりは、他省庁に対する調整権限を持つ(2)が良いのではないかという流れができたのです。とはいえ、内閣府の四大会議のひとつに位置付けられるというのは、思ってもいないほど高い位置付けでした。

――一方、内閣府の四大会議に位置付けられることによって、男女共同参画に対する与党の介入が強まった面があるのではないでしょうか?

大沢:与党の介入は強まっています。与党がプロジェクトチームを作って公式にも非公式にも協議を実施しており、与党の承認がなければ先に進めないという状況になっています。

 今回の選択的夫婦別姓の問題でも、パブリックコメントも背景して、男女共同参画会議の民間議員が推進を目指したにも関わらず、与党のプロジェクトチームによって押し戻されるということが起こっています。

 総理府の審議会だったときには、そんなことはありませんでした。その背景には内閣府男女共同参画会議では総理大臣以外の閣僚全員がメンバーだということがあり、与党が閣僚を通じて意見を出している状況になっています。

(※1) 女性政策担当部局のこと

◆経済界の議員が増加した背景

――また、男女共同参画会議の人事を見ていくと、徐々に経済界の議員が増加しており、市民団体や研究者など市民社会の議員が減少しています。また、その中でもとりわけフェミニストと思われる議員の数が減少しています。こういった状況について、どのように思われますか?

大沢:背景には、やはりジェンダー・バッシングの問題があります。厚生労働省の審議会のような三者構成(※2)の縛りが、内閣府や内閣官房に置かれる会議体にはないという事情もあります。

 その上で、男女共同参画会議においては2000年代初年のジェンダーバッシングの中で、企業で先進的な取り組みをしている人や経済評論家のような人を増やしてきました。つまり、直球のフェミニストの発言というより、「この方が経済的にもメリットがあるよ」という発言ができる人を増やしてきたのです。

(※2) 使用者、労働者、公益の三側面を代表する同数の委員で会議を構成すること

◆安倍前政権の「女性活躍」

――安倍前政権では「女性活躍」が掲げられながらも、それがジェンダー平等政策でなく経済政策として進められたという状況があったと思いますが、それについてはどうお考えでしょうか?

大沢:「女性活躍」については、その管轄ではないとして、男女共同参画局/会議がその政策過程から外されかけるという事態がありました(※3)。もともと安倍晋三氏は男女共同参画社会基本法を廃止したいと思っており、過去にそのような発言をしていました。

 「女性活躍」は、ジェンダー平等というベクトルは除外した上で、もっと女性に働いてもらおうという政策でした。従って、「女性活躍」において、ジェンダー平等という視点はかなり弱いと思います。

 とはいえ、結果的に安倍前首相の直接の掛け声によってポジティブアクションが一歩進んだという意味では、決してネガティブなことではないとは思います。

 

――かつてジェンダー・バッシングをしていた人たちがいまは「女性活躍」を表面上は謳っているように見えますが、どういうことでしょうか?

大沢:「女性活躍」といえば、ジェンダー・バッシングをしていた人たち(※4)も問題ないと思うわけです。「男女共同参画」といえば、危険思想だといわれていた時期もありましたが。「女性活躍」を掲げて総理が国際社会で褒められるなら良いことだろう、と区別をしている訳です。

(※3) 男女共同参画担当大臣と女性活躍担当大臣を別々の閣僚が務めていた時期もあった

(※4) 日本会議や神道政治連盟がその主な勢力

◆ネオリベラリズムとフェミニズムの関係

――より大きな視点で、ネオリベラリズムとフェミニズムの関係についてはいかがでしょうか?

大沢:表向きのネオリベラリズムは、性別や肌の色や年齢に関わらず役に立つ人間を使うということを意味します。しかし、現実にはどの国でもネオリベラリズムはそれだけでは推進できず、新保守主義とセットになっていることが多いです。

 新保守主義の政治家が、ネオリベラリズムの旗を掲げて「既得権」(※5)を壊したいが、自分たちの支持基盤である保守的な人達の生活も掘り崩すということになりかねないという時に、移民の問題や異なる宗教への不寛容、伝統的な家族の価値や男らしさ/女らしさなどといった概念を必要以上に強調することになります。なので、理論的にどうあれ、フェミニストにとってネオリベラリズムとは簡単に手を組める相手ではないのです。

 ただし、日本はジェンダー格差が酷すぎるので、小泉政権時のように限定的に協力して進められたシーンもあったと思います。

(※5) ネオリベラリズムがいう「既得権」には労働組合などが含まれる

◆男女共同参画の未来

――現在の菅政権は安倍前政権の政策を引き継いでいくと言っていますが、そんな菅政権においてジェンダー政策はどのように展開していくと予想されますか?

大沢:まだ菅政権発足から間もないし、そもそも菅総理は、記者会見はもちろん国会でもほとんど内容のある発言をしておらず、男女共同参画関連政策について自分の口からは語っていない状況です。

 とはいえ、男女共同参画会議が推進していく方向性だった選択的夫婦別姓について、自民党の反対派の声を入れて、次の基本計画でもポジティブな書きぶりでは入らないということは象徴的です。菅総理自身もかつては推進派の議員のひとりだったものの、総理となった今は素知らぬ顔です。そんな訳で、あまり期待はできないと思います。

――その「あまり期待できない」状況が打破されるためには、どのような条件が必要でしょうか?

大沢:いま、必ずしも労働組合などに組織されていない人々が声を出すツールが、半年前には予想できなかったほど活用されていると思います。検察庁法改正案への反対などを訴えて、Change.org等で多くの署名を電子的に集めたり、あるいはSNSで「いいね」が増えていくということが起こっています。それまでは同じことをするのに国会周辺を10万人のデモで埋め尽くすということが必要だったのですが、いまはワンクリックで声を上げることができます。これは期待できることではないかと思います。

 その上で、もっと与党が議席を減らさないといけないです。結局は選挙ですよ。政治家は票で引っぱたかないと反省しません。しばらく前よりは現在、野党の大きな塊ができていますし、菅政権の支持率も調査の度に落ちています。したがって、次の選挙は重要です。

――与党が勝っている現状では、与党の保守的な政策が広く国民に受け入れられている状態にあるのでしょうか?

大沢:いいえ。たとえば選択的夫婦別姓や女性天皇・女系天皇など個別のイシューについていえば、国民の多数派が賛成しています。その中で、自民党のコアな部分が頑として抵抗している訳です。ですから、自民党の保守派に対する国民の支持が強い訳では決してありません。

 それから、安倍前首相のもとで自民党は連勝しながらも、得票率自体が非常に低いです。有権者の2割くらいの票で国会の300議席以上を占めるという状況です。これは小選挙区制度の帰結でもあるのですが、何よりも「政治というのは期待できないものだ」とい期待の引き下げを安倍前政権は一生懸命やってきたと思うんですね。森友問題、加計学園問題、桜を見る会の問題などで、国民の政治に対する期待が下がれば下がるほど利益を受けてきたのです。

――一方、近年フェミニズムがかなり世間一般に受容されている状況が出てきています。

大沢:ネガティブなものを跳ね返す運動からポジティブな運動まで大きく広がっています。なので、わたしは決して絶望していません。少しでも良い方に向けるために何かできることをやらなくてはいけないので、絶望している暇はないんです。

――最後に、世の中の女性やジェンダーに関心を持っている人々に対して、何かメッセージを下さい。

大沢:いま権力やお金を握っている人たちがマジョリティな訳ではなく、この社会のありかたに色々な意味で違和感を持っている人たちの方が実はマジョリティなのです。そういう自信をもって色んなことに当たっていきたいと思うし、それを若い方々にも期待したいと思っています。

 たとえば、性的マイノリティはたしかに少数かもしれないけれども、押し付けられている性別役割に違和感を持っている人は少なくとも若い世代では大多数です。

 白か黒かで峻別するのではなく、グラデーションで広がり繋がっていくということが重要なのです。

<取材・文/川瀬みちる>

【川瀬みちる】

1992年生まれのフリーライター。ADHD/片耳難聴/バイセクシュアル当事者として、社会のマイノリティをテーマに記事や小説を執筆中。

Twitter:@kawasemi910

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