働き方の提案は“自己中心的”なの? 企業ファースト化する労働世界<労働裁判が働き手を素通りするとき>

HARBOR BUSINESS Online / 2021年1月22日 8時33分

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 2020年12月8日、女性社員への処遇がマタハラかどうかをめぐって争われた一つの訴訟の上告が、最高裁で棄却された。東京都内の小さな語学学校運営会社を舞台にした裁判がこれほど脚光を浴びた理由は、本筋のマタハラへの関心以上に、高裁判決の衝撃性にあった。

 女性団体や、マスメディア労組も含む全国の815もの団体から、高裁判決の見直しへ向け最高裁での弁論開始を求める署名が集まった。それが棄却で封じられたことは、今後の働く現場にどんな影響をもたらすのか。連載最終回は、これを検証しつつ、一連の判決の背景にあるものについて考えてみたい。

◆「仕事も子育ても」が阻まれる不安

 高裁判決文などによると、原告の女性は語学学校を運営する同社の正社員コーチで、2013年に出産した。育休明けが近づいても保育園が見つからず、「希望する場合は正社員への契約再変更が前提」とされていたことから、正社員に戻れる仕組みと考え、1年有期、週3日勤務の契約社員として復帰。1年後の契約満了時に雇い止めが通告された。

 地裁は、正社員の地位は認めなかったが、会社の対応は問題ありとして不法行為を認め、雇止めも合理性なしと判断した。一方で高裁では、逆転敗訴となった。

 高裁判決の見直しを求めて2020年5月に始まった団体署名が一気に集まったのは、まず、「仕事も子育てもできる社会」への大きな動きを押し戻すことになるのではという懸念からだった。

 判決文などによると、原告女性は職場復帰の際、土日クラスの担当などを提案している。受講生の多い土日にまとめて働くことで勤務日数を減らせば両立しやすくなる、との趣旨だった。こうした原告の対応について、地裁判決は「柔軟な姿勢」と評価し、会社側については「働き方の多様性を甘受するかのような姿勢を標ぼうしつつ、(中略)これに誠実に向き合うどころか」「原告を批判・糾弾」した、と、その硬直性を批判している。

 東京都労働委員会も2020年9月、原告女性との団体交渉での姿勢が不誠実だったなどとして会社側の不当労働行為を認定、社長名で不当労働行為を繰り返さない旨を明記した文書を組合と組合員(原告女性)に交付することを命じる救済命令を出し、現在、中央労働委員会に持ち込まれている。

 一方、高裁判決は、土日クラスの提案について、「自己の都合のみを優先」したと批判し、「(子を持つ労働者の)就労可能性は、単に主観的な意思のみで判断されるものではない」と述べた。こうした判断では、子育て女性の側からの提案や対等な交渉は難しくなり、就労できるかどうかは会社の言いなりということになりかねない。これらが、「育児介護休業法」の「職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じて、これらの者の福祉の増進を図る」という理念の事実上の無視ではないかという危機感を高め、多数の団体署名につながった。

◆働き手が声を上げる手段の制限

 論議を呼んだもう一つの点は、会社側の発言の録音をめぐる判断だ。

 マタハラにとどまらず、ハラスメント事件では、加害者の言動があったかどうかの立証を、被害にあった側がしなければならない。このため、録音は被害者側の重要な証拠になってきた。これについて地裁判決は、会社の機密漏洩を防ぐための録音禁止は合理的だが、今回はそれには当たらないとした。これに対し高裁判決は、執務室内での講師同士の自由な意見交換を妨げ「環境悪化」を招くとし、録音データをマスメディアに提供したことを問題視した。

 録音を公開できなければ「証拠がない」とされ、働き手は主張の証明が難しくなる。

 加えて、原告が提訴についての記者会見で「子を産んで戻ってきたら、人格を否定された」と発言したことなどについて、地裁では、感想や見解と判断したが、高裁では「事実ではない」と認定した上で、「事実でないことによる名誉棄損」として、55万円の賠償を言い渡した。

 このような判断が拡大解釈されれば、報道機関は、働き手の主張について裏付けを取ることも、会見での意見表明の報道も難しくなる。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が2020年2月17日付で「ハラスメント報道を妨げる高裁判決を許さない」とする声明を発表し、次のように批判したのは、そのためだ。

「確かな証拠に基づく正確な報道を心がける私たちにとって、現場での録音・録画は貴重な情報源であり、裁判における証拠としても極めて重要な位置づけを持つものである。企業に対して立場の弱い労働者が身を守る数少ない手段として、ハラスメントの現場などにおける録音がその存在などの立証に活用されている現状を鑑みれば、高裁判決は、ただでさえ泣き寝入りをしがちな労働者の権利行使をさらに困難にし、メディアが体現する『市民・国民の知る権利』の保障にとっても大きな障害となる」

 この社会の重要な転換期に最高裁は、上告の棄却を通じ、そうした「司法の判断」を確定させてしまった。

◆「対等な交渉者」から「会社に従う存在」へ

 これまで検証してきた例は、テーマも内容も状況も別個だ。だが、妙に共通する何かがある。それは、働き手が雇い主に対して声を上げやすい状況を作ることで労働条件を改善し、それによって社会の富を一般の人々に広く還流させて豊かな社会をつくる、という戦後世界の基本理念の逆転であり、「対等な交渉主体」から「会社の命令にひたすら従うべき存在」への労働者像の転換だ。

 まず、メトロ訴訟などの「日本型同一労働同一賃金」をめぐる最高裁判決では、働き手の「やった仕事」への対価としての妥当性ではなく、雇う側がどんな目的や趣旨で賃金を出しているかという判断基準が極端に重視された。これでは、会社側が「女性や非正規は安くても当たり前」というレッテルを貼っていた場合、それをはがすことは難しい。

 このレッテルをはがすには、会社や社会の強者が掛けている色メガネを外させ、「本当は何をしているか」を突き付ける何らかの仕組みが必要だ。そのために、モノを言いにくい「雇われている人たち」を束ねることでその発言力を支える「労働組合」が生まれ、その結成は労働基本権として保障された。ところが、そうして勝ち取られてきた権利が、関生事件をめぐる一連の地裁判決では、企業内組合の働き手だけのものであるかのように扱われ、非正社員が参加しやすい産業別労組は、対象外に置かれた。

 マタハラの有無をめぐる訴訟は、子育てに必要な労働時間短縮のために1年有期の不安定な働き方への転換を選ばざるをえない仕組みでいいのか、という働く母の疑問が出発点で、働く女性やメディアやの関心も当初はそこにあった。ところが、この部分については契約書にサインした「自発性」を理由に一、二審とも問題にせず、加えて二審では、子どもを育てながら働ける条件を求めたことが「自己中心的な要求」とされ、録音の公開や記者会見という一般的な働き手の道具も規制された。最高裁の棄却は、そうした判断の是非を論議する機会を奪った。

◆企業ファースト化する労働世界の立て直し

 背景にあるのは、非正規雇用を増やし続けたことによる労組の組織率の低下と、賃金の抑制などによる企業の資金力の肥大化による均衡の喪失だ。その結果、企業の「主観」が働き手の「実態」を覆い隠す「企業ファースト化」現象が、労働裁判の世界で進んでしまった。

 働き手は、私生活や思想まで会社に左右される「奴隷化」を防ぐため、「労働力を適正に売る」ための「対等な交渉」ができる枠組みを作ってきた。ところが一連の判決では、働き手の要求行為が「強要未遂」「自己の都合のみを優先」と呼ばれている。

 また、育児介護休業法や子ども子育て支援法の理念の軽視も目立つ。1996年、パート差別の改善に道を開いた丸子警報器訴訟地裁判決が「およそ人はその労働に対し、等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在していると解される。それは言わば、人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原理と考えるべきものである」と理念を高く掲げたのとは、様変わりだ。

 取材の過程では、「正当な目的のための団体交渉やストは刑事責任を問われないという労働組合法の条項をどう考えるのかと言ったら、『労働法については不勉強で…』と裁判官に言われた」と語った関係者もいた。格差拡大の中、一線の労働者や女性を守る法律を軽視する空気が広がっているのかもしれない。

 とすれば、労働法教育やジェンダー教育を司法の場で強めていく必要もある。それなしでは「女性活躍」も「賃金引き上げによる消費の回復」もあり得ない。

 経済界も働き手に資金が回らない構造に危機感を抱き始めている。たとえば、柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長は「(コロナ対策で)金融緩和を続けた結果、株高で裕福な人はさらに裕福になった。ただ本当に必要な困窮者にお金が回っていない」(2020年12月28日付「日本経済新聞」)と語った。メトロ・大阪医科薬科大訴訟の最高裁敗訴を受けて、11月、野党も連携して同一労働同一賃金の改正案を衆院に提出している。

 「コロナ社会」の立て直しのために、働き手を支えられる司法へ向けた環境づくりと、働き手の実態を司法の世界に正確に伝えられる社会運動の立て直しが不可欠だ。

<文/竹信三恵子>

【竹信三恵子】

たけのぶみえこ●ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、和光大学現代人間学部教授などを経て2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「正社員消滅」(朝日新書)、「企業ファースト化する日本~虚妄の働き方改革を問う」(岩波書店)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。

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