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37歳で不慮の死を遂げたユーティリティープレーヤー 捕手いなくなった試合でマスクかぶりチーム救う

スポーツ報知 / 2024年9月28日 6時5分

 創立90周年を迎えた巨人。巨人での出場試合が多い野手、投手を中心に記録にも記憶にも残る歴代の「偉人」を紹介します。第102回は木村拓也。

  * * * 

 ユーティリティープレーヤーとして、そして不慮の死を遂げてしまったことで木村拓也は多くの人の記憶に残っている。

 1972年4月15日、宮崎県出身。宮崎南では捕手で3年春の甲子園に出場。90年のドラフト外で日本ハムに入団した。

 92年に外野手に転向、95年、広島にトレードされ内野も経験。06年6月に山田真介とのトレードで巨人入りした。

 主に二塁手として07年は113試合、08年も124試合に出場するなど1軍に定着。

 多くのファンに、持ち味の万能性を印象づけたのは、09年9月4日のヤクルト戦(東京D)でのプレーだろう。阿部慎之助はじめ3人の登録捕手を使い切った中、加藤健が頭部死球を受けて退場してしまう。延長12回の守りで捕手がいなくなった時に二塁を守っていた木村がマスクをかぶり、引き分けに持ち込んだ試合だ。12回表を無失点でしのぐと、原辰徳監督が木村を抱きかかえて迎えた。同年限りで現役を引退。10年から内野守備走塁コーチに就任した。

 悲しみは10年4月2日に訪れた。広島戦(マツダ)の試合前のシートノック中にグラウンドで倒れてしまう。診断は「くも膜下出血」。周囲の祈りもむなしく5日後の7日、37歳で死去した。

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