リアル・マイケルジャクソン [Vol.29]_1996年HISTORYツアーin東京_最後のオンステージ! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年3月21日 17時30分

12月17日の東京ドーム公演で、ついに3人目のオン・ステージを果たした!

ついに、夢にみた「その瞬間」がやってきた! 刺青のスタッフが、わたしを抱えたままランウェイを回り込み、猛スピードでステージ下の階段へと走る!通路沿いの観客が、「なんだなんだ?」と驚いてこちらを見ている様子が、視界のすみを飛ぶように流れていく。

あっという間に薄暗い階段の下に到着すると、間髪いれずに「GO!」と背中を押し出され、足がもつれそうになりながら舞台めざして駆け上がった!

1987年のTV放映で、初めてマイケルのコンサートをみた日から、ずっと憧れて目標にしてきた「オン・ステージ」。

知ってる子が上がって喜んだり、涙がでるほど羨ましかったり、(いつか自分も…)と奮起したり。そうやって、9年越しで願い続けて、やっとここに辿り着いたんだ!

ワアアー!

背後でものすごい歓声が湧き上がる!ステージに上がると、照明で光り輝くマイケルが目の前にいる!

走ってマイケルに飛びついた瞬間、張り詰めた緊張がプツンと切れて、ヘナヘナと足から力が抜けてしまった。

夢じゃない。本当に、わたしはいま、ステージの上にいるんだ(泣)

とてつもないプレッシャーから解放された安堵感で、(このままここで眠りたい)と思うほど、全身から力が抜けた。

足くだけになりながらマイケルにしがみつき、一緒にその場をぐるぐる回る。ステージ上は大音量のはずなのに、水の中に潜ったように「音」を感じない。時間が止まったような感覚の中、ひたすらマイケルの肩に顔を埋めながら(この瞬間がいつまでも続きますように)と、ただそれだけを考えていた。

ステージの上のマイケルは、先に上がった2人に聞いていた通り、安心して全体重を預けられるような力強さに溢れていた。

華奢で中性的なイメージからは、ちょっと想像できないようなパワフルさだ!

ファンに飛びつかれて、一見よろけているように見えても、たぶんマイケルが倒れることってないのだろう。

生まれながらのダンサーであるマイケルは、全身がしなやかなバネの塊なのだ!

マイケルは、首筋から腿のあたりまで汗ビッショリで、いつもの香水の濃厚な香りに包まれていた。密着するわたしの洋服にも、マイケルの汗と香水が染みてくる。

それを意識した瞬間、あることが頭をよぎった。(はっ!ここでブラが落ちたらどうしよう!)

マニラでお腹をこわして以来、急に体重が落ちたせいで、洋服のサイズが軒並みワンサイズ下がっていた。

それなのに今日は、ストラップレスのブラだ!わー、なんで今日これにしたんだっけ?(汗)

結局わたしは、オン・ステージという夢のような幸運の中で、どこか冷静な部分が残っていたのだろう。ブラだの服だの、どうでもいいことに一瞬でも気を取られるなんて、勿体無いにもほどがある。

ワールド追っかけで、マイケルに対する免疫ができていたことが、このときばかりはちょっと残念に思えた。ステージに上がったら、我を忘れて号泣したり、その場で失神するのがファンとしての王道なのだ!

マイケルとハグしてから約1分、ついに、夢の時間が終わるときがきた。

(もしステージに上がれたら、絶対にマイケルから離れないぞ!)と心に決めていたにも関わらず、後ろからあっさりウェインに引き離されたわたしは、そのままバックステージへと運ばれた。

「おめでとう!ステージにあがってどんな気持ち!?」

女性インタビュアーのアヌーが、その場にへたり込んでいるわたしに向かって勢いよくマイクを突き出す。突然すべての「音」が戻り、大音量と振動、客席の大歓声が洪水のように押し寄せてくる!ビデオカメラの照明とレンズが顔のすぐ近くにあり、こちらの表情をアップで撮影している。

わたしはゼイゼイ息切れしながら、夢が叶った喜びをカメラに向かって叫んだ。そして、急にステージに上がった実感がこみ上げてきて、過呼吸になりながら号泣した。

「オーケイ、オーケイ」とアヌーは背中をさすってくれ、「彼女のケアはわたしがするわ!」と周囲にいうと、わたしをバックステージの小部屋へと連れていき、椅子に座らせてくれた。

冷たいミネラルウォーターを手渡され、「大丈夫?落ち着いた?」「本当におめでとう!」と何度も褒め称えてくれた。ワールド追っかけの途中から、彼女はわたしたちに一目置いてくれ、とても好意的だったのだ。

その後、2人のためにもう1本水をもらい、アヌーに先導されて自分の座席へと戻った。

そして、3人で、ついに目標が達成したことを喜びあった!

押しつぶされそうなプレッシャーの中、力を合わせて「最後の金メダル」を獲得できたのだ!

初日よりも厳しい警備の中、Eちゃんが盾になり、Yちゃんが一生懸命ステージの写真を撮ってくれていた。

コンサートの翌朝、ホテルのロビーに行くと、顔なじみのスタッフが次々と声をかけてくれた。ハミードも、「グッジョブ!」と満面の笑顔でわたしたちの努力を称えてくれた。

中でも嬉しかったのは、ウェインの一言だった。後日、福岡空港で、日本側の関係者に向かって「彼女たちは全員マイケルのステージに上がったんだよ!」と誇らしげに紹介してくれたのだ。

実はウェインは、最初に台北でYちゃんがオン・ステージを果たして以来、他の2人をずっと気にしてくれていたのだ。(Yちゃんに、彼女たちは大丈夫か?と聞いてくれていた)

マイケルは、もちろんわたしたちにとってナンバーワンだけど、その周りにいるスタッフの温かさに助けられて、わたしたちはここまでやってこれたことを痛感した。

「夢は、あきらめなければ実現する!」

20日も路上生活をしたり、ワールド追っかけを頑張ってきて、本当によかった(涙)

無事、全員ステージに上がれたことで、わたしたちはすっかり満足していた。追っかけへの気負いもなくなり、来日1週間にして、どこか気が抜けたようになっていた。

しかし、日本でのわたしたちの「ラッキー」は、まだ終わっていなかった。

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パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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