東京のホームパーティに感じるアウェー感 ~1分でわかる大阪人の言い分~

インフォシーク / 2013年7月17日 14時30分

大阪・梅田

新しく家を建てただとか子供が産まれたとか、ひとつ大人の階段を昇ったことをお披露目する場、ホームパーティ。

「気軽にいらっしゃい」とお声がけいただいても、いざ伺うと結構面倒なことが多く、つい先日も疲れた。

とある先輩から招待を受けた。その土曜日は不毛なゴタゴタから休日出勤の後、遅れて参加する会だった。住所を聞き、最寄駅からの道すがら「お酒足りてますか?」と電話をかけると先輩は「いいから、早くおいでよ!」と急かされた。

めっちゃ愛されてるやん。なんてあったかい先輩やねんと感激しながら早足で到着すると「おっ!待ってました!」なんて言われ泣きそうになる。

「ほらほら!こっち来て!」と先輩に背中を押され、心がホクホクの私は廊下を抜け、結構たくさんの人数がテーブルを囲むリビングが見えた頃、なぜか先輩のナビが違う方角を指さした。

「はい!」と連れられた場所は、台所。そして目の前には、たこ焼き器。

私は、出張たこ焼き屋さんだったのだ。

電話口で急かされ「あったかい」と錯覚した言葉は『ホームパーティ第二部・大阪人が作るたこ焼きで飲もう』のイベントを待つパーティー中毒者の煽りだったと知ってビックリ。

「そういうことか!」と気がついたときは既に遅し。調理の準備にもたもたしていると、まるで客を焦らしているように見えたのか、どんどん期待の眼差しを浴びていく最悪の事態となった。

そういえば、ずっとたこ焼きを焼き続けることになるパーティを東京で多々経験してきた。毎度忘れがちだが、さほど深い仲ではない人のホームパーティでは、私は大阪人枠として採用されているのだった。

東京人から「大阪人ってさぁ」と偏ったイメージを植え付けられる。そのなかで最もメジャーなのがたこ焼きに関する偏見だ。

元々料理が出来るなど一言も言っていない私がたこ焼き係になるのは、バーベキューで腕を振るう役割のお父さんのようにうつるのかも知れない。水を得た魚ようにイキイキと焼くとでも思っているのだろうか。私にとってはとんだサプライズパーティだというのに。

ということで、私はいつも自信なく焼くことになる。

ただ、どこでも手に入る粉はよく出来ていて、誰が作っても大差なくたこ焼きの平均点をクリアする。たこ焼きが他と比べる物のない、唯一無二の形状と味でよかった。

なのに「大阪人が焼くと格段旨い」と参加者が思っている場合、無駄に期待値が高まってしまう。強い火力が出る機材でも、研究を重ねたダシがある訳でもない。大いなる勘違いであるにも拘わらず、私が役不足みたいになるのは甚だ迷惑だ。

そもそも家庭でのたこ焼きって上手い下手じゃなくて、家族揃ってワイワイ言い合う、語弊を恐れず言えば遊び。

そんなパーティツールに「よっ、大阪人!待ってました!」はナシやろ。いつからキッチンスタジアムになったのだ。カンベンしてくれ。

主催者である先輩は、初対面が多い環境で私に居場所や仲良くなれるキッカケを与えてくれたやさしさから、たこ焼き当番に決めたハズ。心から感謝をしている。

ただ、お召しになる参加者たちが明らかに「これ別に普通のたこ焼きじゃん?」と顔に書いているところを見ると、申し訳なさというか、不甲斐なさというか、うま味調味料をドバーッと入れてドーピングすればよかったと楽しいはずのパーティが一人反省会に変わってしまう。

たまにギャルっぽい人から「やっぱり大阪人が作ったたこ焼きは違うね~」と優しいお声を頂くことがある。それは外国人が焼く路上のケバブ、四股名が付いたちゃんこ屋のような営利のコスプレからくる雰囲気のうま味があったとしても、どこにでもある家のたこ焼きの味は正直ですぐにボロが出るものだ。

たこ焼きは大阪文化を象徴する遺産。

いつも「また職人役か!」とおののきながらも、期待されると燃える。誰かが「私も焼きたーい」などと言い出したら「絶対負けへん」と意地を張るし、今後も焼けと言われる限り焼き続ける。

本当は心から「旨い。」と言われたい。

そのためになら腕を磨く。

だからこそお願いがある。

伝統芸をご覧に入れるから、前もって言っておいてください。

鹿タカシ
しかたかし ライター・コピーライター・歌い手(バンド活動休止中)。大阪生まれ。大阪芸術大学にて写真を専攻した後に上京しなぜかコピーライターとなって約10年。現在は都内広告プロダクションに勤務しながら、大阪人からみた東京、また東京在住の人からみた大阪人について研究。

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