強さって何なのだ! 仮面ライダー鎧武/ガイム!

インフォシーク / 2013年12月3日 17時30分

仮面ライダー鎧武/ガイムは、2013年10月6日から放映が開始されている。戦国武将とフルーツがモチーフの新世代ライダーだ。

大人が子供に教えることは、たいてい大人が守れないことである。

そう、大人は本当にロクなもんじゃない。見て見ぬふりするし、困っている人を助けないし、嘘はつくし、蹴落とすし、悪口を言うし、いじめもするし、他人のせいにするし、強い意見に弱いし、威張ってる人にヘーコラするし、弱い人に強いし、権力を振りかざすし、大事なことを内緒にするし、勝手に決めるし、湖あたりにポイ捨てするし!

もちろん、私も含めて、だ。

最近は特に思う。「言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン!」な反町隆史な世の中と知りながら、「社会とは窓ガラス割らないルール!」なとんねるずなルールを忠実に守って、「夜の校舎窓ガラス壊してまわった!」な尾崎豊な歌をカラオケで毎日歌うだけ。

私たちは、本当に、いったい何なのだ!

これは、強さとはいったい何なのだ! という問題であるのかもしれない。

毎週日曜日の朝に放映されている、仮面ライダー鎧武が面白くて毎週観ているのだが、12月1日の第8話に興味深いシーンがあった。紹介したい。

主人公の仲間でありドラマのヒロインでもあるマイが、敵対する相手のボス・カイトとひょんなことから語り合う。ふたりとも、自分たちの街をいつの間にか支配した組織を嫌っているのである。

勝ちにこだわるカイトに、マイはこう言う。

「つらいことや悲しいことがあっても、どうにか折り合いをつけながら元気に生きている人だっている。私は、それが本当の強さだって思う」

カイトは否定する。

「そんなものは強さでも何でもない。強さとは、勝利し、奪ってこそ生まれるもの」

どちらも、簡単にうなずきづらいところがある。なぜなら、マイの言う強さをそのまま実行すると、やはり街中が支配者の思惑通りに生き、その中でなんとなく折り合いをつけて生きているだけかもしれないのだ。

それは、大事なことを誤魔化して生きている…とも言えなくもない。

かたや、カイトの意見も危険である。勝利に目がいき過ぎる者は、思いやりや想像力を失っていく。意識的でも無意識的でも、とにかく独裁的になりやすい。それが正義と思いこんでいくのである。諦めた周囲は、いつの間にか鈍感に生き、結果、本当の幸せを見失う。

まだ詳細は明かされていないのであくまで予測として書くが、どうも仮面ライダー鎧武の街は、正義面した支配者にコントロールされているようである。彼らは秘密主義であり、街の人たちには全く見せていない目論見を持っている様子だ。街の人を見ると、それに全く気づかず、彼らを支持する者も多い。また、何も考えないで楽しく過ごそうとする者も散見されるように思う。

そう、いつの間にか、とんでもないことになっている。視聴者からすると、彼らの街にはそんな予感が漂っているのだ。

1992年のとんねるずの歌に「一番偉い人へ」というものがある。もう20年以上前の叫びだ。

「いつからか壁のこちらで 仕掛けられたマイクに脅え 建前を振りかざし 演じているよ」

「群衆になんてなりたくなかった 俺は俺だと 叫んでいたいよ ラッシュアワーに踏まれている 安いプライド」

かつて私たちの世代が大人に強さを見出せなくなったタイミングは、バブルの浮かれ具合と弾けたあとの無力を見てしまった頃だったように思うことがある。もちろん、他人のせいにしてはいけないのである。しかしあえてその視線で見たときに、今の子供たちは、私たちの世代以上に大人に強さや希望を見出せなくなっていないだろうか。

仮面ライダー、教えてくれ…強さって何なのだ!

【バックナンバー】仮面ライダー徒然草はこちら

ガッケンター
1973年1月生まれ。芸術家。ライター。MC。芸術活動のかたわら、仲間と協力してゆるゆる映画応援サイト「ガッケンターサイト」の運営や、映画監督や俳優もゲスト出演する「ガッケンターTV」(インターネット)の製作、映画の宣伝などをしている。

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