理由のない悪意。仮面ライダー鎧武。

インフォシーク / 2014年2月25日 17時30分

DJ役のぐっさんこと、山口智充。いつも、ノリノリの演技をしている。(理由のない悪意とは全く関係ありません…)

恐怖とは、いったい、なんなのか!?

今までの人生で、誰もが何度か、恐怖を味わっていると思う。ちょっと妙な体験を書くと、高校生のとき、学校帰りの地下鉄で、座席に座りながら右隣に座る友人とバカ話で盛りあがっていた。

と、ススススススッ…といつの間にか、私たちの座席から乗客たちが離れていたのだ。

私たちは全く気づかず、あいかわらずバカ面でバカ話を大声で続けていた。あの頃はなんでも大声なのである。…のだが、さすがにふと、私は「なんか、おかしいなぁ…」ということに気づいたのだ。

「なんかさぁ、この車両…キナ臭くない?」

友人に伝えつつ、原因を探ろうと、なんとなく私は、ニオイのする左隣の座席を見たのだった。

そこでは、老婆がマッチを擦り、燃える炎をポイッと床に投げていたのである。何本も何本も何本も…。

恐怖! もはや怪奇!

「グワァアアアアアアガガガダァア!」

思わず叫び声をあげてしまったのだった。

他にも妙な恐怖体験といえば、真夏の夜中に道を歩いていると、なぜか歩道の真ん中に座っていた老婆から、「タバコをくれ」と声をかけられ、突如ゾゾォ…と体中に寒気が走り、箱ごと押しつけて逃げるように早歩きをし、勇気をもって振り返ると、やっぱり老婆はどこにもいなかったり、夜中に大学のシャワー室に忍び込んでシャワーを浴びていたら、聞こえるはずのない歌が聞こえてしまったり、同じく夜中に友人と大学に忍び込んで研究室で遊んでいたら、ガガガガガガガガガガガッ…! と上の階から机や椅子がひきずられる音が聞こえ、慌てて上の階に駆け上がったが、机も椅子もひきずられた形跡が一切無かったり…と、そんな恐怖体験はあった。

誰でもそれなりに恐怖体験というのはあるものだ。というか、いつの間にか幽霊的な話ばかり書いてしまった! そんなつもりなかったのに! 念のために書いておくが、私は霊とか見えない。

日曜日朝に放映されている仮面ライダー鎧武に、「恐怖」が出てくる。

霊とかそういうものとはまるで関係ないのだが(じゃあ、なんでここまで書いたのか! というツッコミは受け付けません)、ある不思議な森に大きな秘密があるという設定で、それは丘からの景色を見ると内容がわかるらしいのだが、視聴者はまだその景色を見させてもらっていない。

ただストーリーの中で、その景色を見た登場人物は、すべからく、全員、恐怖におののいているのである。

いったい、あそこから何が見えるのか…!

ヒントは、ストーリーの中で発せられた、このセリフにあるらしい。

「世の中に、"理由のない悪意"など、いくらでも転がっている」

…理由のない悪意!? 森の中に!? いったい何なのか!? 気になって仕方ないのである!

理由のない悪意。というものについて、少しだけ考えを巡らせると、そういうものは世の中に確かにあるのだろう。倫理とか道徳とかいうものは、その、理由のない悪意への恐怖から来る、感覚的対抗策のように思う。

これを角度を変えて、社会的視点で考えていくと、例えば多数決の論理というのも、あれは実に怪しいのだ。賛成の多い意見が正しい! その意見で全体が動くのだ! というのは、結果的に理由のない悪意を生みかねない、と言えるのである。

またそこからグイッと鋭角に考えていくと、集団は意外と強い意見に弱いのである。みんなで前向きな話をしていても、なぜかそこに悪意のある強い意見が出てくると、なんだなんだ! …と狼狽しつつ、その強引さにいつの間にか話全体がそっち方向へ引っ張られていくのだ。こういうのが会議で起こると、ものすごく大変なのである。

またまた話をグイッと戻すが、仮面ライダー鎧武の指す、理由のない悪意、とはいったい何なのか…!? という問題なのである。

「勇気とは怖さを知ること!! 恐怖を我が物とすることじゃあッ!」

これはジョジョの奇妙な冒険に出てくるツェペリの名言だが、仮面ライダー鎧武は、理由の無い悪意から来る恐怖を乗り越える話なのだろうか?

仮面ライダー鎧武。もしかしたら、今の時代に見えなくなっている何かを伝えようとしているのかもしれない。理由のない悪意、注目していきたい。

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ガッケンター
1973年1月生まれ。芸術家。ライター。MC。芸術活動のかたわら、仲間と協力してゆるゆる映画応援サイト「 ガッケンターサイト」、フリーペーパー「ガッケンターニュース」、映画監督や俳優もゲスト出演する「ガッケンターTV」(インターネット)を展開。

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