東京のパクリ企業にみる特徴 ~1分でわかる大阪人の言い分~

インフォシーク / 2014年3月26日 17時30分

大阪・京橋

大阪の広告表現はオリジナリティに溢れている。東京嫌いな大阪はどこかのパクリを匂わせる表現は少なく、大阪人が笑えばいいような関西ローカルの広告物が多い。いちいち説明が要る回りくどい表現を避けた「それがなにか、メリットはなにか」が明確な表現が目立つ。

何年もずーっと変わらない広告もある。時空の止まった広報物に多くの大阪人はなんとも思わないのかと思うとやや怖い。良くいえば不朽の名作ともとれるが、関西人しか愛させない表現は一つ違えば戯れ言。関西人から笑いを取れても日本で天下は取れないだろうと広告を志した私は東京を目指した。

そして上京し気がついた。情報の上流である東京には、パクリ企業が点在している。独創的な関西よりもダサいし、犯罪だ。

競争社会の東京で流行ものを絡ませ息を続ける。東京でしがみつく無能な起業家にみられる傾向だ。服、加工食品、家電製品、ネットメディア。どう見ても人気商品のパクリな製品は多い。物だけではなく、表現にも多い。模倣というより「こう撮影しておけばカッコよく映る」みたいな手法で作った表現は、フォーマットのパクリといえる。ダサい。

勤務する広告プロダクションは、20数名の小規模ゆえ、アイデアより輪転機のようにチラシを刷り続ける作業を尊重する。朝はガチャコンとタイムカードを入れてラジオ体操、その後「ノーミスノー事故で頑張ろう!」「おー!」という謎のかけ声を上げる。安全を意識し過ぎた結果工場をパクるというお粗末さだ。

一つ前に勤めた企業も二番煎じだった。1000名規模の求人広告会社は、モロR社。R社での勤務経験がある私でなくともアホじゃない限り誰もが気づくレベルのパクリは、商品を見れば、商品名を耳にすれば一目瞭然。現在は様々な事業を展開しているが、どこかで散々見てきたジャンルばかり。

パクリ企業とパイオニア企業はごく一般の消費者には大差なく見えるかもしれない。しかし私の知見においては大きな違いがある。それは目に見えない部分。社員や社員同士のコミュニケーションから生まれるアイデア、働き方などがまるで異なる。

求人メディアをマーケット化させたパイオニア企業は自由な働き方があり、社歴や配属に拘らずクリエイティブを評価する文化があった。アイデア力がない人にはキツい環境だが、アイデアは個性。個性を尊重する風土でもあったし、おかげで刺激とスリルに溢れていた。

対してパクリ企業はアイデアは全く不要で、売上だ予算だと金しか考えていない環境。営業主体の環境であり制作スタッフは肩身が狭かった。

クリエイティブとはいえない職場は皆スーツを着用。ジャケットのインナーに着たオレンジのTシャツや職場用のサンダル姿に地味なババアから何度も変人扱いを受けたことが懐かしい。

社内でのプチ納会が多く、乾杯の音頭とともに上長の前へ営業共が一列を成し、会釈と乾杯を繰り返す姿にげろを吐いた事があるが最近も行われているのだろうか。

パクリを好む企業らしく社員は皆、個性のないイエスマンで、ただの縦社会だった。見た目は老けていた。男は早く結婚して子を授かり住宅購入をステータスにし、社内恋愛が多かった。いつの時代の人間だよと疑うダサさだ。先輩社員は南砂町の団地や原木中山から出勤し、エアでゴルフスイングをしまくるおっさんに「いよっ!部長!!」と持ち上げて帰宅するループを繰り返していた。

現職のプロダクションはデザイン書を多く集めている。そこから見事に模写したデザインを何度も見るがパクリは文化なのだろう。また小さな会社ゆえ、代表の権限でカラーが決まる。関東圏の文化に歩み寄る気配が一切ない大阪のオバハン社長じゃ未来は暗い。社内でW不倫をかます野良犬も世間の小ささを感じ凄く気色が悪い。

私は二番煎じが大嫌いだ。パワーやアイデアのない東京の企業のほとんどはどこかのパクリで生き延びていくのだろう。それを回す社員はパクリに麻痺しなんとも思わなくなり、個性も消えていくのだろう。本人が幸せならそれでいいが、広告やる奴が、東京来た奴が生きる道か、それ。

※著者都合により今回にて連載を終了致します。 これまでご愛読ありがとうございました。

鹿タカシ
しかたかし ライター。大阪生まれ。大阪芸術大学にて写真を学んだ後に上京しなぜかコピーライターとなって約10年。
現在は都内広告プロダクションに勤務しながら、大阪人からみた東京人(主に上京してきた人)について研究。

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