学校の闇とコンプライアンス意識 ハラスメントは光を嫌う原則/増沢 隆太

INSIGHT NOW! / 2019年10月15日 10時24分

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増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

・「いじめ」と称する暴行を黙認した責任
民間企業や官公庁等でもハラスメント研修やコンプライアンス研修が多数開かれるようになった。筆者も幹部層から現場担当者まで、広く階層別、業界別のハラスメント対策や研修に関わる過程で、危機意識こそ最も重要であると実感している。危機意識の無い、当事者感覚が欠如する組織はハラスメントリスクの塊であり、実際に神戸市立東須磨小学校のようなコンプライアンスという存在すら認識できていない場所で事件は起こってしまった。

学校業界だけは治外法権が認められているのだろうか?刑法に違反する行為であっても、「いじめ」とさえ名付ければ警察にも引き渡されないことも少なくないようだが、東須磨小教師への集団暴行は、当初の教育委員会による発表だけでもその異様な実態が目を引くものだった。その後犯行動画が公開されたことでテレビニュースにもなり、批判は増すばかり。

涙ながらに謝罪した校長だが、同情の声はほぼ聞こえることはなく、批判は止む気配を見せていない。子供のいじめ問題でも、学校側は「知らなかった」「いじめと認識していなかった」などといった言い訳で弁解する姿はよく見かける。

ハラスメント研修でもしつこく説明しているがハラスメント事件において「知らなかった」「そこまで深刻と思わなかった」という管理者の言い訳h一切通用しない。過去の判例でも、管理者と組織責任は厳しく追及され、暴行当事者ではない組織そのものが賠償責任を負った例は多数ある。

・学校という闇の勢力
公務員でもある公立学校教師は、懲戒解雇になることもなく学校を変わり、事件後も生き延びることは可能となっている。暴行の証拠動画もモザイクで保護され、氏名も明らかにされず、「誰も責任を負わない」まま、暴行事件はうやむやに風化されていくとすれば、そんなことはなぜ許されるのだろうか。

ハラスメント問題の対応では組織そのもの、つまりは組織責任者が大きな責任を負う。罪を犯しても処罰されないという結果は、確実にそのゆがんだ組織にモラルハザードを招き、組織の倫理と秩序は崩壊する。

事件をもみ消したい勢力を根絶するには、暴力がはびこる土壌を根こそぎにするしかないだろう。無責任という害虫の駆除には、その根っこを断ち切るしかない。それは責任の徹底追求である。公務員は頑強な身分保障に守られているとしても、悪事をさらけ出すところまでは行けるはずだ。

コンプライアンス意識の欠落した組織は闇の勢力と呼ばれてもしかたがない。闇は光を嫌うのである。教師が闇の総力とは皮肉に過ぎるが、実際に東須磨小学校で起きた事件はただの悪質な暴行事件である。闇と呼ぶ以外にない。

・逃げ隠れ、うやむやを許さない再発防止策
光を嫌う闇をあぶり出すためには、責任の徹底追求しかない。暴行犯当事者はいうまでもなく、上司である管理職教師、校長教頭はもちろん全責任を負う。事件当時の責任者だけでなく、現状まで犯罪行為を見抜けなかった現責任者にもその範囲は及ばなければならない。(罪の軽重は勘案される)さらには教育委員会は報告がなく、介入が難しかったとしても結果責任を負う。

関与した者の逃げ得を許さない姿勢こそ、ハラスメント駆除には絶対に欠かせないのである。「児童への影響」という逃げ口上はハラスメントとは分けなければならない。教育現場で起きる犯罪放置の方が、身近な教師の逮捕や処罰よりさらに甚大な悪影響が及ぶと考えるべきだろう。

民間は企業の存亡に関わる重大なリスク対策として、コンプライアンス・ハラスメントを考え、対策を講じている。巨大官庁もこうした動きを始めている。学校業界だけが取り残された最後の治外法権となっているのではないか。絶対的な終身身分保障に影響するような、関係者全員の関与洗い出しができなければ、コンプライアンス意識と自浄能力の無さという組織崩壊リスクは消えないだろう。

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