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『ザッポスの奇跡』出版とネット・マーケティング(2009~2010)/石塚 しのぶ

INSIGHT NOW! / 2020年12月25日 6時37分

『ザッポスの奇跡』出版とネット・マーケティング(2009~2010)/石塚 しのぶ

石塚 しのぶ / ダイナ・サーチ、インク

ザッポスでの取材旅行から帰宅後、何十時間にもわたるインタビューの録音テープを起こすことから始まり、本の出版に向けて会社をあげて取り組んだ。ザッポスという、この稀有で驚くべき会社について、一刻も早く日本のビジネスの人たちに知ってほしい一心だった。

執筆自体も大変なエネルギーと根気を要する作業だったが、出版にこぎつけるまでのプロセスは困難を極めた。知り合いのつてをたどって数々の出版社に掛け合ったが、誰も手を上げようとしない。理由は「ザッポストニー・シェイも日本では無名だから」ということだった。言い換えれば「初めから売れるとわかっている本以外は出版しない」ということだ。某大手出版社では、担当がグーグルの検索ボックスに「ザッポス」というキーワードをタイプしてみせて、検索結果が二ケタ台しか出てこないからと断られた。そんな利益主義一点ばりではいい本なんてできないと私は思うが、残念ながら、日本のビジネス書出版の状況は今日もあまり変わりないように思う。

ようやく「やりたい」という出版社に出会えて、最終のゲラの手前まで行ったところでミステリアスにも連絡が途絶えた。編集者に何度もメールを送り、追求に追求を重ねてようやくわかったのは、担当者の所属部署がなくなったため、プロジェクトも潰されてしまったということだった。腹は立つやら悔しいやらだが仕方がない。他の方法を探すことにした。

ザッポスへの取材からもう一年が経っていた。これ以上もう遅らせることはできない。出版をあきらめるという選択肢は私にはなかった。自費出版したって、売れるわけはない、もちろん利益も出ない・・・など止める声も周囲にはあったが、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、自費出版に踏み切った。

タイミングを遅らせたことでいいこともあった。ひとつには、2009年7月にアマゾンがザッポスを買収し、ザッポスの知名度が上がったこと、そして、もうひとつ、「靴のネット販売でザッポスにどうしても勝てなかったアマゾンが、勝てないのであれば取り込んでしまえと買収するに至った、ザッポスとは、それほどすごい会社だ」という裏付けができたことだ。

また、自費出版ゆえの手作り感とその楽しさもあった。表紙のデザインに至るまで、ああでもないこうでもないと社内でディスカッションを繰り返し自分たちの手で行ったのだ。2009年11月、紆余曲折を経て、『ザッポスの奇跡』を世に出すことができた。

本の出版について、もうひとつ、誇りに思っていることがある。自費出版だから、自らマーケティングしなくては広がらないだろうということはわかっていた。そこで、「書評ブロガー」たちに個別にアピールすることにした。ビジネス書ブログのアクセスランキングを頼りに人気のブロガーさん一人ひとりにメールを書き、快諾してくれる人にはこつこつと献本をした。

そして、毎日のように『ザッポス』、または『ザッポスの奇跡』というキーワードで検索をかけ、ツイッターでのつぶやきやらブログやらに徹底的に反応していった。「著者さんから直々にお返事をいただいた!」と大変感激された。ありがたいことに、そういった出会いがきっかけで今日まで続いているご縁もある。このようにして、「ゲリラ的」に『ザッポスの奇跡』は広がっていった。

当時、そんなマーケティングの仕方をしていた人たちは私たちくらいしかいなかったのではないか。その後、新しい本を出した際に「ネットでのマーケティングってどうしたらいいのですか」と出版社からアドバイスを求められたほどだ。

時間と労力を要する地道な取り組みだったが、そのおかげで、心温まる出会いがたくさんあった。普通の出版だったら経験できなかったようなことだ。『ザッポスの奇跡』についてウン千というコメントがネットに寄せられた。ある企業では社員全員が感想文を書いてオフィス宛てに送ってくれた。200通ほどあったがそのすべてに個別のお返事を書いた。思えば、これは、「コンタクトセンターに寄せられるコールの一つひとつに、生涯続くつながりのはじまりとして向き合う」というザッポスのアプローチに通じるものがある。

『ザッポスの奇跡』を出版する前に、全体を英訳して「ファクト・チェック」のためにザッポスに提出した。それを読んだトニーの感想は「僕も知らないことがあった」というものだった。ザッポスでは各部門、部署やチームが自らの裁量で行っている取り組みもあるので、CEOであるトニーも知らないことがある。外部から俯瞰的な目で見ることではじめて可視化できた取り組みがあったということだろう。

また、出版後しばらくして、報告のためにザッポスを訪ねた。それまでに寄せられたコメントを印刷して二冊の大きなバインダーにまとめたものをトニーに見せた。あなたの会社が日本の読者にもこんなにも多大なインパクトを与えているよ、ということを見せたかったのだ。

せっかく英訳も作ったので英語での出版も検討していたが、ザッポスの広報から、「トニーの本が出るまで英語版は見合わせてほしい」との要請を受けた。それはトニー自身の意向ではなかったと思うが、出版社の手前、私の本『ザッポスの奇跡(The Zappos Miracle)』がトニーの本より先に出てはまずかったのだろう。結局、「電子版だけならOK」と承諾をもらい、『ザッポスの奇跡(日本語版原書)』の出版が2009年11月、英語版キンドル『The Zappos Miracle』が2010年4月、トニーの『Delivering Happiness』が2010年6月という並びとなった。『ザッポスの奇跡』はザッポスに関する世界初の研究本だったのである。

その後、『ザッポスの奇跡』の自費出版の売れ行きを見て廣済堂出版さんがお声がけ下さり、新しい内容も加えてアップデートされた『ザッポスの奇跡(改訂版)~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略~』が2010年12月に出版され、10年目を迎えたつい先日、七刷発行の運びとなった。時代を超えて多くの人に読まれ続けていることに深い感謝の意を感じるとともに、これがトニーへのせめてもの恩返しであり、弔いであると思っている。

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