疎外と搾取:唯物論と共同体主義/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2018年11月13日 8時23分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
近代は、デカルト以来、個人の理性に絶対的な信頼を置いてきた。きちんと理性を働かせれば、だれでも真理を得ることができる、と。しかし、カントに至って、個人の理性には限界があることが示され、ナポレオン時代のヘーゲルにおいては、もはや個人の理性などというものは、時代精神に振り回されているだけの傀儡と喝破された。なにかよくわからない世界理性なるものがあって、それが知識を学習していく過程において、人間どもを使っていろいろ実験してみているだけ。個々人は自分で考えているつもりでも、じつは世界理性の時代精神に、心も体も乗っ取られてしまっている。
ヘーゲルの弟子筋のフォイアーバッハは、この正体不明の世界理性を、単純に、実在の物と考えた。世界の物理的状態こそが条件となって我々を支配している。これが「唯物論(マテリアリズム)」。いわば蟻塚が蟻どもを使って成長していくように、物としての世界が自己発展していく。人間どもはそれぞれ自分で考えて働いているつもりになっているけれど、じつはその発展に寄与するように、使い潰されている。
彼に言わせれば、神も文明も同じ。もともとは人々が人類の本質を外化して創り出したものだったのに、それがいつの間にか個々人の自由を奪い、思想も行動も強制支配するようになる。この自縄自縛を「疎外」と言う。
さらにその弟子筋のマルクスは、この考え方を洗練して、「唯物史観」を唱えた。物は、人間に物を作る道具を作らせ、道具を作る機械を作らせ、やがて物や道具や機械は、みずからどんどん作られるようになっていく。もともと物は人間の生活の手段にすぎなかったのに、いつの間にか、物が自己目的化して、物を作るため、文明を発展させるため、人間の生活の方が犠牲にされるようになる。
そこには、四つの疎外がある。一つは、成果からの疎外。自分の作った物を、他人に売り渡して、自分のものではなくしてしまう。二つめは、仕事からの疎外。物を作るという人間の本質的な能力から売り渡してしまい、他人の言うがままに働かされることになる。三つめは、人類の疎外。働くという人間の本質的な能力を他人に売り渡してしまった結果、もはや自分自身で考えることも行動することも許されず、人類の一人でありながら自分からは人類の歴史に関与できない。そして、社会の疎外。同じ人間でありながら、たがいに他人を物や道具としてのみ利用しようとし、他人がすべて敵となる孤独な個人の孤立へと追い込まれてしまう。
マルクスによれば、物でも道具は、物として以上の価値がある。労働力も同じ。だから、道具や労働力を買って使うと、その価格以上の物ができる。これが「剰余価値」。資本家は、道具や労働力を買い、できた物を売って儲けているが、剰余価値はもともと道具や物を作った人から生まれている。つまり、労働者は人間として資本家に搾取されている。で、革命だ。資本家を潰せ、物を、自分を、人類を、社会を取り戻せ、ということになった。
「共産主義」というのは、もともとは、財産を共有する、ということだったが、マルクスになると、コミュニズムは、むしろ共同体第一のこと。彼らは、①組合の団結革命、②国家の国際連帯、③企業の共有経営、④製品の平等分配、をめざした。そして、実際、1917年、ロシアで共同体主義革命が成功し、その他の国々にも波及した。ところが、その結果は、①共産党の強圧的一党独裁、②連邦内周辺国の植民地化、③党幹部の貴族的利権搾取、④劣悪な製品と流通の停滞。で、1989年に自滅的に崩壊。いまだにやっている国もあるから、あまり悪くは言えないが、やはりこれらの異常が蔓延し、あまりうまくいっているようにも見えない。
マルクスの疎外論あたりは、それほど的外れだったわけでもあるまい。現代においては、どこの国でも、かなり切実で切迫した問題になってきている。ただ、それは、共同体主義国でも、まったく同じ。つまり、後半、革命だ、共同体主義だ、というのが、疎外問題の解決策としては、まったく機能しなかった、ということ。資本家が共産党に置き換わっただけ。イスラムで似たようなことを主張している連中もいるが、ムダだよ。やめておいたほうがいい。もっとひどいことになる。
いまさら革命だ、共同体主義だ、でもないが、生活を豊かにするためだったはずの文明の発展が自己目的化し、それ支えるため、自縄自縛で、だれも幸せになれない、それどころか、かえって不幸になる、というのも、あまりにバカげている。小さなところでも、たとえば、ムリして買ったマイホームのローンを支払うために共働きして、通勤地獄、心身疲労、夫婦不和、病気や不倫。子供までおかしくなって、なにもかもむちゃくちゃ。そして、あげくは家庭崩壊。結局、家という物ができただけ。家という物ができるために、その一家の人生が利用され、喰い潰されただけ。
目先、やった方がいいこと、得なことはいろいろある。でも、費用対効果を総合的に見積もることが大切だ。費用や手間の大小にかかわらず、最終的な成果が自分や世の中の幸せにつながらない、そのリスクが大きいのであれば、それは疎外だ。自分だけが幸せになって、他人を不幸にするのなら、それは搾取だ。まして、資本家に代わる共同体の革命的支配なんていうことをやっても、それこそまったくムダな本末転倒。むしろ、一人一人の個人が自分で理性を働かせ、冷静に考えた方が、もうすこしどうにかできるんじゃないだろうか。
(by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。最近の活動に 純丘先生の1分哲学 、『百朝一考:第一巻・第二巻』などがある。)
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