ホリエモンが社員を「切り捨て」てきた真意――サラリーマン社会も楽な方に変えられる

ITmedia ビジネスオンライン / 2019年11月14日 7時0分

写真

ホリエモンはなぜ社員を「切り捨て」てきたのか?

 本当にそれは必要ですか? 良くも悪くも、あなたの持ち物は重くなってはいないでしょうか。大切にしていた「はず」のモノで、逆に心が押しつぶされそうになってはいないか。だから、ビジネスも人生も「捨てる」ことからはじめよう。「これから」を、病まないで生きるために。

 僕は「時代の寵児(ちょうじ)」と呼ばれてから一転して逮捕・収監を経験しました。その後、令和元年、ついに日本初の民間ロケット打ち上げ実験を成功させることができました。その折々にあったのは「捨てること」「持たないこと」を徹底した思考法でした。

 もし、自分にある種の強さがあるとすれば、それは「捨てる」ことへの、ためらないのなさかもしれないと思っています。幼少期の原体験から東大、ライブドア時代と、久し振りに自身の半生をゼロから振り返った「原点」を新刊『捨て本』徳間書店)に記しました。

 逆境にあっても未来を見据えながら、今を全身全霊で生きる。そのために、捨てるべきものは何か。持っていなければいけないものは何か。ライフハック、お金、仕事から人間関係まで、「所有」という概念が溶けたこの時代に最適化して、幸せに生き抜くためのメソッドをつづっています。今回はビジネスにまつわる「捨てる」ことの意義を、3回に分けて紹介していきます。

 前編「ホリエモンが「東大卒ブランド」を捨てた理由――私はこうして起業家人生をスタートさせた」では東大を中退し、1996年にオン・ザ・エッヂを立ち上げるまでの話をしました(関連記事を参照)。今回の中編では会社を運営する中で感じた「捨てる」ことの重要性をお届けしたいと思います。

●会社が大きくなるにつれて開いた「溝」

 オン・ザ・エッヂを立ち上げたときのメンバーは、僕を含めて4人だ。そのなかには僕と同じ東大出身者もいた。大学で知り合ったわけではなく、バイト先で知り合ったので、ビジネスパートナーという認識だった。みんな年の離れていない、友人同士の関係からのスタートだった。

 創業直後から、インターネット関連の需要は多かった。時代はまさに、インターネットの黎明期。制作を受注できる専門的なスキルを持った会社の数は、限られていた。僕たちみたいな小さな会社にも、続々と仕事が舞いこんできた。創業からわずか1年4カ月で、オン・ザ・エッヂは株式会社に改組した。

 会社が大きくなっていくにつれて、創業メンバーとの溝が、開いていった。

 もともと仲良しの間柄で集まったわけではない。多少の意見のズレはあって当然なのだけど、「それは違うんじゃない?」と言い合う場面が増えてきた。社員が増え、扱う案件のスケールが大きくなり、社外からの人の出入りも激しくなって、それぞれ気持ちに余裕がなくなってきた。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング