カローラ・セダン/ワゴンが意味するもの

ITmedia ビジネスオンライン / 2019年9月24日 7時5分

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左からカローラ・スポーツ、ワゴンタイプのカローラ・ツーリング、セダンタイプのカローラ

 9月17日、トヨタ自動車は新型カローラ・セダンと同ワゴンを発売した。カローラは1966年以来、販売累積は4750万台にも及ぶトヨタ屈指の大名跡だ。

 振り返ってみれば、カローラはパブリカの営業的失敗を踏まえてデビューした。初代パブリカも初代カローラも元航空エンジニアの長谷川龍雄氏による設計だ。

●国民車構想とその反省

 パブリカのデビューは1961年。先行するクラウンやコロナは法人向けタクシー向けが多く、事実上、トヨタ初のオーナードライバーモデルである。パブリカは、当時の通産省(現経産省)による国民車構想に沿うもので、同構想では定員や、最高速度、価格から燃費、メインテナンス性まで通産省が事細かくガイドラインを設けていた。

 背景としては、1960年代に段階を追って自動車輸入の自由化が迫っており、通産省はまだまだ弱小であった日本の自動車産業の生き残りを賭けて、国産車の早急な性能向上と、普及を図りたかったことがある。

 平均大卒初任給が1万5700円という当時の所得水準で、庶民が買うことを考えれば、とにかく安価にしなくてはならないと通産省は考え、国民車の価格を42万5000円以下に設定した。パブリカは38万9000円と指定価格を大幅に下回ったが、価格で競うならば、同じ国民車構想商品の軽自動車、スバル360は36万5000円であり、かつ時代は急速に高度経済成長時代に突入していく。たった7年後の1968年には大卒初任給は2万9100円まで急増していた。マイカーのある生活を夢見るユーザーから見ると登録車としてはパブリカはあまりにも質素過ぎた。

●庶民の夢とポスト「いつかはクラウン」

 そうした状況を踏まえてカローラは誕生する。だからカローラは最初からミニマルなクルマではなく、庶民の夢のクルマとして誕生したのである。デビュー時のライバル、日産サニーに対して「プラス100ccのゆとり」を掲げ、サニーの1000ccに対して1100ccユニットを搭載したあたりからも、そのコンセプトは伺える。価格は43万2000円。

 少々言葉は悪いが、「中の上」こそがカローラだった。以来、日本人が豊かになるにつれて、モデルチェンジのたびに着実に高級方向にシフトしていったカローラは、バブル期に開発された7代目(100系)でその頂点を迎える。そこが「前モデルより高級」で進める行き止まりだった。

 8代目以降、カローラはそれ以降のカローラの価値を形作る新たな道を開拓する以外なくなったのだが、トヨタの大看板車種であり、期待が大きい分、船頭も増える。開発責任者といえども、自分の好きなように作れるクルマではない。スター車種であるがゆえに、大胆な変更ができずカローラは茹(ゆ)でガエルになっていく。

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