なぜ「キン肉マン マッスルタッグマッチ」は対戦ゲームにおける極めて重大なマイルストーンなのか?

ねとらぼ / 2019年9月23日 11時7分

写真

ブロッケンJr.の毒ガス殺法がトラウマな人は多いはず……

 突然で申し訳ないんですが、初代の「ストリートファイターII」で、ザンギエフを使ってダルシムと対戦したことってありますか? あるいは、ザンギエフを使ってガイルと対戦したことは?

 ご存じの通り、多くの対戦格闘ゲームには「キャラ差」というものがあります。使用するキャラクターには明確な性能差があって、程度の差こそあれ「強い」キャラもいれば「弱い」キャラもいます。そして、「弱い」キャラで「強い」キャラに立ち向かうためには、並々ならぬ努力と研究が必要とされます。

 初代「ストリートファイターII」で言うと、前述のザンギエフは基本的に「弱い」キャラクターとして扱われています。後々研究によって改善された部分もあるものの、動きは遅い、突進技はない、飛び道具はないで、砲台キャラに近づくためには並々ならぬ苦労が必要でした。

 当初「終わっている」組み合わせとして取り沙汰されていたのは、主にザンギエフ対ガイルでした。必死に近づいてスクリューを狙うザンギを一生ソニックとサマソで落とし続けるガイル、という光景はどの対戦台でも日常的に見られたもので、ある種のお約束展開、パンをくわえて走る少女が曲がり角で運命の人に衝突するようなものでした。

 その後、さまざまな研究によってこの組み合わせは多少マシになったのですが、ザンギエフ対ダルシムの方が実ははるかにキツい、ということがもう少し後になって判明することになります。当時のザンギエフ使いの努力、苦労、そして創意工夫と叡知は、千年の歴史に残すべき結晶だと思います。

 「わざわざ弱キャラを使わなければいいじゃん」と思いますか? 「お金を出してゲームするのに、弱いキャラでわざわざ苦労して何が楽しいの?」と感じるでしょうか? なるほど、その通り。全くその通りです。あなたは正しい。何も間違っていない。

 けれど、あれは熱かった。誰が何と言おうと絶対に、間違いなく、熱かったんです。

●「公平でない」からこその熱さ

 「公平でないからこそ熱い」という面白さがありました。弱キャラを研究して強キャラに対抗させるやりがいがありました。努力の果てに弱キャラで強キャラを打ち倒す、途方もない達成感がありました。一方、強キャラに逆に徹底的に突き放される絶望感もありました。いろんな研究によって自キャラの強さが変動する一喜一憂がありました。

 そして、強キャラだろうが弱キャラだろうが関係なく、自分の使用するキャラに対する強い、強い思い入れがありました。「俺は〇〇使いなんだ」というプライドがあったんです。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング