[久保田弘信]【イラク全土に広がる治安の悪化】〜クルド人vsアラブ人、始まりはイラク戦争~
Japan In-depth / 2015年5月27日 22時3分
戦後イラクの混乱はバグダッドだけでなく地方都市でも酷いという情報を得てバグダッドから北上し、キルクーク、スレイマニアを目指した。
キルクークは首都バグダットから約230キロ北上した場所にある油田の街だ。天然資源があり、南部アラブ地域と北部のクルド地域の境界線にあたるキルクークはクルド人とトルクメン人が暮らす街だったが、サダム・フセインのアラブ化政策によってクルド人やトルクメン人はキルクークから追い出された。しかし、イラク戦争によってサダム政権が崩壊し、追い出されたクルド人やトルクメン人がキルクークに戻り始めていた。
独裁政権が崩壊した事によってアラブとクルドのパワーバランスが崩れ、キルクークでは民族対立が激化していた。取材をしていると畑が激しく燃えていて、豪快な野焼きかと思っていたら消防車がやってきて必死に鎮火を試みていた。聞けば、キルクークに戻ってきたクルド人に対してアラブ人が嫌がらせで火を放ったらしい。
キルクークの街を取材しているとあちこちで仮設テントが組まれ、葬式が行われている。戦後間もない時期だけに戦中の犠牲者を葬ったりしているのかと想像していたら、葬式の殆どがクルド人とアラブ人の対立による犠牲者の葬式だった。
取材に応じてくれた犠牲者の母が「せっかく戦争が終わってサダムがいなくなって平和な国になると思っていたのに、息子が殺されてしまった。やった奴はわかっている。絶対復讐してやる」と涙ながらに語った。バグダッドの中心部では米軍の占領に対する不満によって治安が悪化し、北部では民族紛争が始まっていた。共に戦争によって独裁政権が突然崩壊した余波だった。
イラク北部はトルコが米軍の通過を許さなかったためイラク戦争の被害が殆どなく、多くの人が来るべき平和な時代に心躍らせていた。しかし、現実は新たに巻き起こった民族紛争、占領軍とのトラブルなどで戦前より酷い状態に陥りつつあった。
キルクークにはフェダーイン・サダム(サダムの親衛隊)の生き残り部隊がいるという事で米軍がピリピリしていた。到着したばかりの米軍には誰が民間人で誰がフェダーイン・サダムのメンバーか判別する事は不可能だった。
集会を開いていた若者たちに解散命令を下した。その命令がどこまで通じたのか分からないが、威嚇射撃で発砲した銃弾が17歳の青年の命を奪ってしまった。
父は泣き崩れる「サダムがいなくなってようやく平和になったのに」と。取材を進めると発砲したのが米軍の黒人兵士だった事、狙撃ではなく威嚇だった事がわかった。それ以外はノーコメント。この悲しい事件を取材し続けていると何故か米軍の戦闘ヘリコプターに追い回される。
戦後の混乱期は地元の住民だけでなくジャーナリストに対してもルールがない状態だった。この事件を日本で報道しようとしたとき、某テレビ局のプロデューサーが「証拠がないから報道できない」と言った。日本は米軍兵士の被害に関しては外電からのニュースを得て、独自に裏(証拠)を取らなくても報道していたが、米軍が加害者になる事件の報道には消極的だった。
後にアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件が大きな問題となり世界中で報道されたが、戦後間もない時期の米軍の不祥事を報道するには大きな壁があった。ジャーナリストが取材しても報道できない事件は起こっていない事件と同等だと思う。それは現在イラクで起きている事にも言える。
※トップ画像/サダムフセインの影響がなくなったキルクークに戻ってきたクルド人。 アラブ人の嫌がらせで畑に火を放たれた。
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