[瀬尾温知]【語り継ぐことの大切さ】~日航ジャンボ機墜落事故から30年~
Japan In-depth / 2015年8月12日 11時0分
「一人残されるよりも、同じ痛みを共有できる人がいてよかった」。生存者・川上慶子さんの兄で、両親と妹を亡くした千春さんは、これまで取材をほとんど受けてこなかったが、毎日新聞の取材にそう語った。
単独機の事故(※1)では史上最悪の520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から8月12日で30年。機体を製造したアメリカのボーイング社は、事故から約1か月後に機体に修理ミスがあったことを公表。事故の7年前に胴体の後部を滑走路に打ち叩く尻もち事故を起こし、修理の際に後部圧力隔壁の接合を仕損じたというものだった。
日本の警察は、ボーイング社に刑事責任が問えると判断し、業務上過失致死の疑いで立件を試みた。しかし、アメリカは航空宇宙産業や原子力などの科学技術については刑事責任を追及せずに免責して、事故原因を探求するという日本とアメリカの法律の違いがあり、大切な人の命を奪われた遺族の無念を晴らしたいという思いは阻まれた。
遺族でつくる「8・12連絡会」事務局長の美谷島邦子さんは、7月22日に東京都内で行われたシンポジウムで「私は悲しみを思い起こさせられることより、忘れられることのほうがもっとつらいと知りました。当たり前の日常が断ち切られた30年前。その日常が大切にされる社会であってほしいと願っています」と語っていた。
4人の生存者のうち3人が搬送された藤岡総合病院で看護師の1人として治療に携わり、現在は看護部長になった五十嵐さんはこう話す。「けがしたこと、骨折したことは治療でよくなっていくけれど、心の痛み、傷っていうのは、何を話しても、言葉をかけても癒えるものではないので、今でもそのときのことを考えると、言葉は見つからない」。
「こんなことになるとは残念だ さようなら 子供達のことをよろしくたのむ 本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」。「しっかり生きろ 立派になれ」。残された遺書から30年を経て、遺族の会が出版した「茜雲」に、日本の安全文化は被害者が発信する悲痛な声、事故を起こした側の真摯な反省の姿勢、それらを受け入れ、支えていく社会の動きが合わさって高まっていく、と記されている。この墜落事故以後、大手航空会社で旅客機の乗客死亡事故は日本で起きていない。
御巣鷹山に登って事故直後の凄惨な現場を目にした者、倫理に逸れていると分かっていながら生存者の肉声を届けようとした者、遺体収容場所となった体育館で取材を担当した者。当時、現場にいた先輩記者たちからの話を聞き、事故の再発を防ぐためには記憶を風化させないことだと感じた。突如に幸せを失って、幸せだった日々がかけがいのない日々だったことに気づくような悲しみは、誰の身にだって起こりうることかもしれない。でも、誰の身にも起きてほしくないから、遺族の方たちは現実と向き合い、歩み、そしてこれからも語り継いでいく。
※1)“単独機の事故”と括るのは、1977年にカナリア諸島のテネリフェ空港の滑走路で2機が衝突して583人が死亡した事故による。
引用元:NHK首都圏ネットワーク、毎日新聞
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