英、EU離脱派に勢い 国家主権は「幻想」か
Japan In-depth / 2016年2月23日 18時0分
渡辺敦子 (研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
6月に国民投票が実施されることになった英国のEU離脱論争が、早速急展開を見せた。高い人気を誇るジョンソンロンドン市長が21日夕、これまでの残留支持から一転、離脱派に回ったからだ。
BBCなどの調査では、市長の意見はキャメロン首相の次に影響力を持つ。米国生まれ、名門パブリックスクールイートン校からオックスフォード大学を経て保守系新聞Daily Telegraph紙のブリュッセル特派員をつとめた。欧州懐疑派をリードしてきた。民間調査会社によれば、現時点では5割以上が残留を希望しているが、ほかの閣僚も離脱支持を表明するなか、早くも先の読めない展開になってきた。
過去にフランスにより加盟を拒否されたこともある英国は、EUとは距離を保ってきた。ユーロ通貨はもちろんのこと、域内のパスポート審査を行わないシェンゲン協定にも参加していない。戦争の反省から生まれたEUは経済同盟だが政治的意味がつよく、見果てぬ夢は欧州合衆国だ、とされる。
一方、懐疑派は、移民の増加によるテロの危険性や労働市場の悪化、教育水準や医療水準の低下などを指摘し、英国の独立を主張する。キャメロン首相が同日、「EUを離脱すれば国家主権という幻想を得るかもしれないが、それはパワーをもたらさない」と言って反対派をけん制したのは、このためだった。
だが実際のところ、どちらの選択により利があるのかは、ほとんど不明と言ってよい。複数の現地メディアが指摘する通り、要因があまりに複雑すぎて数字として経済効果をはじき出すのは不可能だからだ。たとえば移民の増加は確かに一見職を奪うが、人口増加は経済を活性化する。テロにしても、フランスが狙われた理由は、その文化的排他性にあるとの見方もある。
利が明らかにならない中、おそらく投票の鍵を握るのは、英国人とEUのアイデンティティの問題であろう。EUとは、複数の地政学的アイデンティティの複合体だ。それはヨーロッパであり、the Westであり、Trans-Atlantic relationsの一部である。
EUが統合への動きを加速させたのは、冷戦後であった。このときのEUはむしろthe Westの象徴であり、NATOという軍事同盟に対応する経済同盟だった。東欧各国も加盟したがり、経済における冷戦の継続という性格さえもっていた。
一方英国人は、the WestとTrans-Atlantic relationsについては帰属意識が強いが、エコノミスト誌も指摘するとおり、ヨーロッパへの興味は薄く、従ってヨーロッパ人であるという自覚はあまりない。同盟という意味ならば、依然大西洋で隔てられた米国により親しみを感じる人も多い。イラク戦争の苦い経験にもかかわらず、「米英」は結局、「米英」であり続けている。ロンドン市長は、この意味でもシンボリックな存在と言ってよい。
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