左か右か ケンブリッジにて考える
Japan In-depth / 2017年6月8日 11時0分
久峨喜美子(英国オックスフォード大学 政治国際関係学科博士課程在籍)
【まとめ】
・政治哲学者スラボイ・ジジェック「右か左か」の議論、無意味と説く。
・米・仏大統領選の背後に「既存システムに対するアンチテーゼ」
・改憲論を支える理念が安倍首相にあるか?
ケンブリッジ郊外のマナーハウスに滞在し、朝、羊の鳴き声で目覚める。この土地にゆかりのある、日本憲法設立に携わった方のウィスキーに完全にノックアウトされ、イギリスには珍しいくらいの日差しも痛い。子羊の追いかけっこを窓から眺めつつ、羊が何匹も目の前で踊っているようだ。
その後一週間に渡って頭痛を残してくれたウィスキー はさておき、ケンブリッジからオックスフォードに向かう車窓をうっとり眺めながら「右か左か」について思いを馳せる。昨年のBrexit、トランプ政権誕生、そして今年6月に行われる予定のイギリス総選挙。5月のフランス大統領選も、マリーヌ・ルペンによる「極右」政権が誕生するのでは、と世間を震撼させた。
昨年からの政治情勢を巡る「右か左か」という議論について、少なからずこの単純な議論の構造に疑問を抱いているのは私だけではないはずだ。先日オックスフォード大学セント・ジョンズカレッジで講演を行った、今話題の政治哲学者スラボイ・ジジェック(Slavoj Žižek)も、右か左かについての昨今の議論に疑問を呈している。
例えばトランプ米大統領は、彼の卑劣な人種差別的発言を鑑みれば極右政権だと言いたくもなる。しかしジジェックの言うようにトランプの経済政策を辿ってみれば、 確かに財界との癒着が濃厚視されていたヒラリーの政策よりも、もしかすると「マシ」なのかもしれない 。同様にルペンとエマニュエル・マクロンによるフランス大統領選についても、ジジェックはリベラルと謳われるマクロンの方が、実は将来的には危険なのではないかと指摘する。
ジジェックの米大統領戦、仏大統領選における指摘には次の共通点がある。それは既存システムに対するアンチテーゼだ。ルペンが父親であるジャン・マリー・ルペンよりも「より緩やかでフェミニンな」移民規制を主張しようと、彼女が人種差別を助長する脅威であることには変わりない。
しかし同様に、リベラルとされるマクロンが政権をとってもそうした脅威自体なくならない、とジジェックは主張する。それは米大統領戦の時と同様、既存の資本主義システムを変えることなく、破綻しかけているヨーロッパ、あるいはフランス政治へのポジティブなビジョンもないままマクロンが勝利してしまっているからだ。つまり、こうした既存のシステムからあぶれた社会のマージンにいる人々がルペンの肥やしになっているにも関わらず、問題の本質を変えようとしないところに本当の脅威が存在するのだ。
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