独居でがん治療手遅れに 福島で調査
Japan In-depth / 2017年7月1日 11時47分
上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」
【まとめ】
・福島県南相馬市の医師の調査で、乳がんになってから受診する患者が増加の報告あり。
・がんの治療が遅れた人の多くは独居だった。
・独居老人、高齢者夫婦の健康の問題は今後日本全体で大きな社会問題となろう。
東日本大震災の影響は予期せぬ形で現れる。最近、南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師らが興味深い研究を英国の医学誌“BMC Cancer”に報告した。
尾崎医師は乳がんを専門とする外科医だ。2010年に東大医学部を卒業し、千葉県旭市、福島県会津若松市で研修を終え、3年前から南相馬市立総合病院に勤務している。
南相馬で診療を続けるうちに、「病状が進み、手遅れになってから来る患者が多い」と感じるようになったそうだ。特に独居の人が目立ったという。
彼は、南相馬市立総合病院で保存されている病歴を用いて、この仮説を検証した。その結果は衝撃的だった。
2005年から震災までに乳がんと診断された122人の患者と比較し、震災から2016年3月までに乳がんと診断された97人の患者では、腫瘤など乳がんの所見を自覚してから病院を受診するまでに3ヶ月以上を要した人の割合が1.66倍も高かった。
さらに、12ヶ月以上受診が遅れた患者の割合は4.49倍も増えていた。何れも統計的に有意な水準である。尾崎医師の予想通り、進行がんに成って受診する患者の割合は増加していた。
では、どんな患者が危険なのだろう。これも尾崎医師の予想通りだった。12ヶ月以上、治療開始が遅れた患者18人のうち、子どもと同居していたのはわずかに4人だった。症状自覚から12ヶ月以内に治療を開始した79人では、42人が子どもと同居していた。家族、特に子どもとの同居が病院受診に影響したことになる。
このような反応は心理学の世界では、正常性バイアスと呼ばれている。不都合な事態に直面すると、人は、そのことを過小評価しがちになるのは万人に共通する傾向だ。東日本大震災で津波警報が出ても避難しなかった人がいたり、沈没船から脱出せずに溺死する人が多いのは、この機序によると考えられている。
皆さんも、体の異変に気づいたときに、「まあ大丈夫だろう」と思い、放置した経験がおありだろう。「病院に行ってきたら」と家族に勧められ、渋々、病院を受診した人も少なくないはずだ。家族の存在が、正常性バイアスを防いでいることになる。
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