一国主義への揺り戻しか 英仏総選挙が示すもの 下
Japan In-depth / 2017年7月8日 8時28分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・英国メイ首相選挙大敗で、EUとの協調路線が強まる見込み。
・エリート街道まっしぐらの仏マクロン大統領。
・国民の信任を得ているとまではいえないマクロン氏、まずはお手並み拝見か。
■ EUとの協調路線高まる英国
6月19日、英国がEUから離脱するための交渉が予定通り開始された。これに先駆け、フランスのマクロン新大統領は、「英国にその意志があれば、離脱の通告を撤回してEUに留まることも可能」との考えを明らかにした。
私見ながら、そのようなことが本当に起きるとは、少なくとも現段階ではマクロン大統領自身、本気で考えてなどいないと思う。
ただ、EUからの移民の規制を優先し、単一市場からの撤退も辞さないとするハード・ブレグジット(強行離脱)を主張していたメイ首相は、前回述べたように総選挙で大敗し、求心力が低下している。
この結果、どうにか与党の座に踏みとどまった保守党、そして最大野党の労働党、双方の内部に根強くある、EUとは協調していった方がよい、との声は、ますます高まるだろう。
もともと卓越した金融マンでもあるマクロン大統領は、悪くいえば相手の足下を見て、英国から「担保の再設定」「金利の上乗せ」みたいな条件を引き出そうとしているのではないだろうか。少なくとも、揺さぶりをかけているとの認識は確実にある。
げんに、離脱交渉ではまず、EU圏内に居住する英国市民と英国内に居住するEU国籍の市民、双方の権利保障などについて話し合われ、経済問題はまとめて先送りされた。
前回、英国の総選挙においては「EUからの離脱の是非」などは、本当は争点でもなんでもなかったと述べたが、フランス大統領選挙は、やや趣が異なる。
■ マクロン氏の人物像
日本でも報道された通り、かなり過激な移民排斥論者で、EUからの離脱を訴えていた極右政党・国民戦線のルペン党首と、EUを守り育てることがフランス経済再生への王道だとするマクロン氏が、ともに決選投票に進んだことは、未だ記憶に新しい。
これまた私見ながら、38歳で大国の大統領に当選する快挙を成し遂げた割には、日本でも注目度はいまひとつだと感じられる。米国大統領が与えたインパクトが強すぎたからだろうか。
エマニュエル・マクロン(以下、マクロン)は、1977年、フランス北部のソンム県で生まれた。父親は神経医療関係の研究者、母親は女医という、経済的にも教育程度の面でも非常に恵まれた環境で育ち、地元のカトリック・スクールで学んでいたが、高校の最終学年で、パリの公立校に転校した。
この転校の経緯が、いささか尋常でない。高校在学中の15歳の時、同級生の母親で、24歳年上のフランス語教師であったブリジットという女性に一目惚れし、恋愛関係になってしまったのである。
その事実を知った彼の両親は、大いに慌てて、息子をパリの学校に転校させたのだが、出会いから14年後、2人は結婚する。ちなみにブリジット夫人は前夫との間に3人の子供がいて、すでに孫まで誕生している。
■ マクロン氏のキャリア
一方でマクロン青年は、パリの名門高校からパリ政治大学、そしてENA(国立行政学院)まで進んだ。我が国では、専門学校というと大学より格下のイメージを持たれがちだが、フランスではそうではない。教養主義の大学に対して、実用的な学問を授けて社会のエリートを育てるグランゼコール(高等専門学校)こそが、最難関かつ最高学歴とされる。げんに英国のオックスフォード、ケンブリッジ両大学と並ぶ評価を受けている。パリ政治大学は、そのグランゼコールのひとつだ。
ENAは日本の法科大学院に相当するが、こちらも法律家よりはエリート官僚を養成する学校と位置づけられている。卒業後、2004年に財務省に入省。その後、2006年にフランス社会党に入党。さらに2008年にはロスチャイルド財閥系の投資銀行に入庁し、一時期の年収は200万ユーロ(当時のレートでは3億円以上)にもなったと言われる。
高学歴エリートで社会党員で一流の金融マンという、日本ではちょっと考えにくい経歴だが、これは社会党政権の時代が長かったフランスならではのことである。そもそも彼は、教条的なマルクス主義を報じる社会党員ではなかった。2012年に、当時のオランド大統領に請われて、財政担当の特別補佐官に就任し、14年には財務大臣に抜擢される。
ドイツ主導の緊縮財政策を批判して大統領と意見が食い違った、前任者モントブール氏の更迭を受けての人事であったが、これで分かるように、マクロンは、小さな政府を実現して財政を再建するという理念の持ち主で、フランスの官公労からは「新自由主義者」だとの批判まであった。
たしかに、2013年にオランド大統領が,高額所得者には最高税率75%を課すという「富裕税」を採用したものの、マクロン財務大臣は、「こんなことをしていたら、フランスは〈太陽のないキューバ〉になってしまう」と痛烈に批判し、2015年に早くも廃止させてしまっている。
要するに、教条的な社会主義とは一線を画す一方、EUの基本理念であるところの、国境なき国家連合を築くことでヨーロッパ大陸を戦争の恐怖から解き放ち、経済もよりダイナミックになることで、福祉や公教育の財源も確保できるというユーロ・リベラリズムを信奉する人物で、別の言い方をすれば「大企業や投資家からも信任され得る左派の経済官僚」なのである。
こう書くと、いかにも理想的なリーダーが登場したかのようだが、本当にそうだろうか。
■ マクロンは国民の信任を得ているのか?
『これが英国労働党だ』(慎重選書)の著者である私の目には、あのトニー・ブレアが登場した時と、どうしても二重写しに見えてしまう。
ブレアという政治家も、マルクス主義的な「生産手段の公有化」を掲げた、英国労働党の規約第4条を改正して、新自由主義でも社会主義でもない「第三の道」を掲げて総選挙を制した。しかし、今となっては色々な意味で期待はずれだったと言わざるを得ない。
マクロン大統領も、自ら新党「共和国前進」を率いて、6月11,18日に行われた総選挙(第一回投票で一定の得票数を得た候補者のみで決選投票を行う)が議席の3分の2を占める地滑り的勝利を博し、政権基盤はひとまず安泰となった。英国のメイ首相とは真逆の立場である。
勝利の要因は、旧2大政党であった共和党と社会党から、有力なメンバーを引き抜いて組閣するなど、どちらの勢力の支持者をも取り込める体制を築いたことにあったが、ひとつ見ておかねばならないのは、今次の総選挙の投票率が48%にとどまったことだ。
「極右のルペンは論外だが、マクロンもいまひとつ信頼できない」と考える有権者が、それほど多かったということである。
もちろん、選挙権という言葉からも明らかなように、日本でもフランスでも、投票はあくまで権利であるから、投票率が史上最低であっても、それでただちに政権の正当性が疑われる、という理屈にはならない。
ただ、新政権が本当に国民の信任を得ているかはまた別問題で、EUと世界の行く末に対するフランスの有権者の視点は、「まずは、若き新大統領のお手並み拝見」といったところなのだろう。
(上の続き。全2回)
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