人工言語「シングリッシュ」が便利すぎる件

Japan In-depth / 2018年8月4日 19時37分

人工言語「シングリッシュ」が便利すぎる件


坪井安奈(タレント・編集者・プロモーター)


「坪井安奈のあんなセカイこんなセカイ」


【まとめ】


・日本人は「正しい英語」を意識しすぎ。


・「シングリッシュ」は伝えたい内容が瞬時に伝わり合理的。


・言葉は生き物。時代の変化に取り残されるな。


 


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日本人は、英語を話すのが本当に苦手だ。


私は現在シンガポールに住んでいるが、悲しいかな、諸外国の人と比べて圧倒的に日本人は英語を使うことに躊躇している場面が多く見られる。その原因の1つとして、日本人は「正しい英語」というのを意識しすぎているように思う。


「発音が間違っているかもしれない」


「この場合は現在完了を使うんだっけ?」


「あ、ここは複数形だからsをつけなきゃ」


おそらく、いろいろなことが頭をよぎって、言葉が出てこないのだろう。だが、正直そんなことはどうでもいい。もちろん、状況によっては文法的な正しさが必要とされることもある。しかし、たとえビジネスの場であっても、大事なのは、形ではなく中身だ。


今すぐ恥を捨て、筆談・ジェスチャー・画像検索・グーグル翻訳、思いつく限りのあらゆる手段を使い、まずは自分の思いを相手に伝えてみたらいいのに…と思う。と、強気に出てみたが、今書いたことはすべて過去の私自身への言葉だ。


私も、かつては文法をとても意識して英語を話していた。4歳から英語を習い、ニューヨークに住んだこともあって根っからのアメリカ英語で育ち、学校や塾でも力を入れて勉強してきたため、文法のみならず、発音・アクセントにまでもうるさい方だった。


ところが、あれだけ習ってきた文法だが、大人になっていざ海外に出てみると、かなり多くの人が間違って使っているのが現状だった。それも、なんの恥じらいもなく自信満々に話しているのだ。


そんな場面を何度も経験し、文法なんて、人生の多くの場面においてはあってないようなものだと痛感させられた。これほどにも文法を意識しすぎてしまうのは、きっと英語が能動的に習得した「外国語」だからだろう。


そこで、一度、自国の「日本語」に立ち返って考えてみよう。たとえば、「ら抜き言葉」と言われる、「食べれる」「来れる」「見れる」。本来は否定に使われるはずの、「“全然”、大丈夫」。かつては若者ことばと揶揄された、「ヤバい」「まじ」「超」。これらは、今や、幅広い世代で日常的に使われている日本語だ。


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