パフォーマンス理論 その16 集団について

Japan In-depth / 2019年7月11日 7時0分

パフォーマンス理論 その16 集団について


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)


 


【まとめ】



自分がこうなりたいと思う人がいる集団を選ぶこと
集団の視座の高低によって頂点に行けるか行けないかが決まる。
集団は時には安心感を生み出し、危険でもある

 


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私はチーム競技を行ったことがないのでどのようなものかわかっていないが、個人競技でも一応、陸上部などの集団には所属する。個人競技といえどこの集団の影響は大きく、どこを選ぶかで個人のパフォーマンスも変わってくる。人間は日頃一緒にいる人の影響を免れないからだ。


当たり前だけれども、いい集団とはなにかは、目的によって変わる。平穏な幸せを求める場合と、成長したい場合にとって良い集団はそれぞれ違う。また立場によっても違いがあるだろう。今回は個人が頂点を目指し競技力を向上させる一点に絞った場合、どのような集団を選ぶべきか、また集団の中でどう振舞うべきなのかについて書いていきたい。私も今は会社を経営しているので、このような社員がいると少し利己的すぎるかなと感じると思うが、あくまで競技者の世界だと思っていただけるとありがたい。


さて、どのような集団を選べばいいかというのは基本的には自分がこうなりたいと思う人がいる集団を選べばいい。人は一緒にいる人に影響され、次第に似てくるからだ。私が若いころ影響を受けたのは、高野進さんと、朝原さんで、世界の決勝を知っている人と、世界に拠点を置いている二人だった。そういう人が何気なく会話している内容からでもたくさんの刺激を受けた。一方で、相手もこちらを選ぶので、選ばれなければ集団には入れず一緒にすらいさせてもらえない。集団に自分を変えてもらおうと思っている人間は受動的で集団の質を落とすので集団としては欲しくない。一方で自分が集団に貢献できる人間は集団の質を上げるので欲しい。結局自ら自分を変えようと思っている人間ほど、良い集団に属することができる。競技者の場合競技力が必須ではあるが。


競技者にとって集団選びで何より気にしなければならないのは視座の高低だ。どれだけいい人で、どれだけ人格者でも、視座が低ければ頂点には行けない。むしろ視座が低い人格者は、低成長状態でも人を安心させて居場所を作ってしまうので厄介だ。


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