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【エンタがビタミン♪】森高千里こそ“GiRLPOP”アーティストの先駆け。加藤いづみ、渡瀬マキらが証言。

TechinsightJapan / 2014年7月7日 16時0分

1990年代はじめに女性アーティストを盛り上げようと起きた“GiRLPOP”(ガールポップ)ムーブメント。その頃から活躍してきた谷村有美、渡瀬マキ(LINDBERG)、森高千里、加藤いづみらが音楽番組『僕らの音楽』(フジテレビ系)で当時を振り返った。先輩アーティストたちの笑いが絶えないトークに耳を傾ける川本真琴、中川翔子、きゃりーぱみゅぱみゅの姿が印象的だった。

日本でバンドブームが全盛だった1990年代。ソニー・マガジンズ(現エムオン・エンタテインメント)が中心となって、女性ポップス歌手やシンガーソングライターといったアーティストを盛り立てようと仕掛けたメディアミックスムーブメントを“GiRLPOP”と呼ぶ。2014年7月4日に放送された『僕らの音楽』では、“僕らのGiRLPOP”をテーマに森高千里、渡瀬マキ、谷村有美 、加藤いづみの4人が前列に、中川翔子、川本真琴、きゃりーぱみゅぱみゅが後列に座って加藤綾子アナウンサーの進行でトークを繰り広げた。

渡瀬マキは“GiRLPOP”という言葉について、バンドブームで女性がほとんどいない状況だった当時を振り返り「女の子の力強さや優しさ、可愛さがピックアップされた“ナイスな言葉”が出てきたと感じた」と語る。

谷村有美も「バンドブームで周りもみんなバンドだった」と渡瀬に共感しており、「『ロックがカッコいい! 女の子1人で何をするの?』という時代で、可愛い衣装を着るとアーティストっぽくないという空気があった」という。そんな中で“GiRLPOP”によって、女性アーティストが露出のある服やおしゃれなドレスを着ることができるきっかけとなったのだ。

2人とは対照的に、ミニスカート衣装で人気だったのが森高千里だ。彼女は「どうしたら私の存在が伝わるか。コンサートの一番後ろの人でも衣装が分かるようにと考えてどんどん派手な衣装になっていった」とその理由を明かしており、小さい頃から好きだったピンク・レディーのイメージがそのヒントとなっているそうだ。

“GiRLPOP”ムーブメントとともに雑誌『GiRLPOP』が発刊されたのは1992年のこと。その前年にデビューした加藤いづみは「女の子が歌うと“アイドル”だと思われるのが定番だったので、“GiRLPOP”は常に意識してきた」と語るように、まさに“GiRLPOP”とともに歩んだアーティストといえる。

その加藤が「アイドルやバンドブームの時代に、“GiRLPOP”ができる先駆者じゃないですけど森高さんでグワっと変わった感じがある」と持論を述べる。「アイドルと互角以上に闘えるルックスなのに(アーティストとして)発信している」と谷村有美が同調すると、加藤は「その辺から女性アーティストが変わってきたのではないか」と力説した。

谷村が「なのに、ひらひらの超ミニスカートを着ちゃうみたいな…」と口にすれば、渡瀬マキも「なのに『ハエ男』みたいな…」と両手をすりすりして笑わせた。“GiRLPOP”の第1世代である彼女たちが、森高千里が先駆的な存在だったことを認めたのである。

女性アーティストの歴史を感じさせる先輩たちの姿を、川本真琴、中川翔子、きゃりーぱみゅぱみゅの3人がひな壇の後列から真剣に見つめていた。それぞれに世代とジャンルは違うが、彼女たちもまた“GiRLPOP”の歴史の中で活躍する女性アーティストなのだ。



(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)

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