【エンタがビタミン♪】AKB48と“恋チュン”を踊った闘病中のきらりちゃん。「ライバルは指原さん!」とキッパリ。

TechinsightJapan / 2014年9月1日 14時15分

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『24時間テレビ37』の中で、原因不明の痙攣が起きる難病と闘いながらダンサーを夢見る女の子の頑張る姿が放送された。彼女が暮らす宮崎県を訪れたHKT48の指原莉乃は本人に会って言葉を失った。難病を治療するために一旦、脳死状態にするという生死にかかわる治療を行い、意識が戻りながらも歩き方を忘れてしまった当時の状況を聞いていたからだ。それからおよそ2年、彼女はどのように過ごしていたのか。

宮崎県に住む黒木妃織(きらり)ちゃんは、小学5年生の時に原因不明の高熱が1週間続き、ある朝、意識不明となって病院へ運ばれた。口元が10分おきに痙攣するという症状で、医師も初めての経験だという。やがて“難治頻回部分発作重積型急性脳炎”という病名が分かるが、担当医師は「脳内部で痙攣が反復する状態で、後遺症なく完全に回復した症例は聞いたことがない」と説明した。

治療には、麻酔薬により脳の活動を一旦、脳死に近い状態にして、痙攣が過ぎ去った後に脳を活性化させる方法がとられた。麻酔による脳死状態から2週間、麻酔を弱めてから1週間。奇跡的にきらりちゃんの意識は戻ったが、ひらがなやカタカナを忘れてしまい、歩く行為さえも覚えていなかった。

それから2年、彼女はどのような闘病生活を送っているのか。8月31日の『24時間テレビ37 愛は地球を救う』(日本テレビ系)で宮崎を訪れた指原莉乃がきらりちゃんと対面するところが放送された。

以前からダンサーを夢見ていたきらりちゃんはダンススタジオにいた。不安そうに彼女の姿を探した指原は口を開けたまま言葉が出なかった。彼女は難病を感じさせないほど“激しい”ダンスを元気に踊っていたのだ。きらりちゃんも指原の姿に気づいて驚くと「光栄です、会えて!」と喜んだ。

きらりちゃんは歩き方を忘れてしまったことを「全然歩けなくて悔しかった」と振り返る。「立って初めて歩けたのが7歩」だったが、体は悪くなかったのでやがて歩けるようになった。退院して2週間ほどで学校に復帰。友だちと話すうちに次々と記憶が甦ったという。

発病する前の小学生時代、楽しそうにダンスを踊る自分の姿をVTRで見た彼女は、ダンサーの夢を思い出して再びダンスを始めた。それでも、1日2回薬を飲み、2年間で数回発作が起きるという状況で、闘病しながら努力を続けている。

そんな彼女が「今は、“恋するフォーチュンクッキー”をいつも練習しています」と明かして指原を驚かせた。歌詞にある“ツキを呼ぶには笑顔を見せること”がお気に入りで「“笑顔”というのが好きだからすっごく、明るくなりました!」と元気に語ってくれた。

指原が「うれしいっ、ちなみにライバルとかいるの?」と聞いてみると、「ライバルは…指原さんです!」ときらりちゃん。「えー、うそー! ホントに、ヤバい!」と指原も焦っていた。

放送日の8月31日は名古屋のポートメッセなごやで『AKB48 37thシングル「心のプラカード」劇場盤 発売記念大握手会』が開催されていた。その会場でステージに立ったきらりちゃんは指原莉乃やAKB48メンバーと生放送で“恋するフォーチュンクッキー”を披露してくれた。

普段は出だしの振り付けで「おにぎりっ」と掛け声をかけるところだが、指原が「きらりっ」と振ったところ会場の観客たちも「きらりっ」の大合唱。AKB48メンバーに迫るほどキレキレなきらりちゃんのダンスに、武道館で見ていたパーソナリティーの関ジャニ∞も驚いていた。

パフォーマンスを終えて感想を求められたきらりちゃんは「お客さんも私の名前を呼んでくれて、ものすごーく、うれしいでーす!」と大きな声で答えてくれ、指原もきらりちゃんとの振り付けについて「ハートを作る約束をしていて、それが成功したのですごくうれしかったです」と満足そうだった。

関ジャニ∞の丸山隆平は「めちゃめちゃ元気で、こっちも元気もらいました!」ときらりちゃんに伝えており、指原も放送後に『指原莉乃(345__chan) ツイッター』で「きらりちゃん、本当にすてきだった。ありがとう!」とコメントしている。

きらりちゃんのもうひとつの夢は「後遺症もなくなり、世界で初めてこの病気から完治すること」だという。闘病しながらダンサーを目指して頑張る彼女の姿は周囲も元気にしてくれるようだ。

※画像は『twitter.com/345__chan』のスクリーンショット。
(TechinsightJapan編集部 真紀和泉)

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