ロンドンで感激した大観衆また見たい パラ陸上・高桑早生の集大成【特集・目指せ!東京2020】

J-CASTトレンド / 2019年10月30日 12時30分

高桑早生選手(NTT東日本)

パラ陸上競技の高桑早生選手(NTT東日本)は、片足に下腿義足を付けてトラック競技を行うT64(2017年まではT44)クラスの選手だ。現在の専門種目は100メートルと走り幅跳び。2012年のパラリンピックロンドン大会では100メートルと200メートル両方で7位、16年のリオデジャネイロ大会では100メートル8位、200メートル7位、走り幅跳び5位入賞を果たした。

20歳で初めてパラリンピックに出場した高桑選手は、2020年に28歳を迎える。東京大会は、これまでの集大成にしたいと意気込んでいる。(聞き手はJ-CASTトレンド編集部・横田絢)

リオパラリンピックで感じた手ごたえと現実

――パラリンピックに過去2大会連続で出場していますが、特に思い出に残っている出来事はありますか。

高桑 やっぱり初めてだった2012年のロンドンパラは、私にとって目にするものすべてがすごく印象深い大会でした。
それまで私が経験してきたパラ陸上の大会は、小さい競技場ががらんとしていて、スタンドには家族と関係者しかいない中で、淡々と競技が進んでいくものでした。ロンドンパラでは、お客さんがたくさん入っているのと、そのお客さんが私たちアスリートに声援を送ってくれているのが、本番のトラックに立っていてもすごく伝わってきて。その感覚が忘れられなくて、アスリートとして競技をもっと頑張ってみようかなと思ったくらい。その場に立ってみて、「すごい大会なんだな」と肌で感じました。

――2016年のリオ大会では、100メートルの日本記録・アジア記録を更新しました。その時の思いを聞かせてください。

高桑 予選で日本記録となる13秒43を出しました。決勝ではあまり好タイムではなかったのですが、大きな大会で良い記録を出せたのはすごく自信になりました。同時に、このタイムでも到底世界のトップにはかなわないんだな、という現実を見たレースでもありました。

相棒の義足と「対話」しながら

――慶応義塾大学の山中俊治教授(現在は東京大学)の「美しい義足プロジェクト」に参加されていましたね。

高桑 2008年の終わりに、「ヘルスエンジェルス」(現・スタートライン東京)という切断者が集まるスポーツクラブに行ったら、山中先生も見学に来ていたのが最初の出会いです。
私は当時パラ陸上を始めて、「これから競技をしっかりやっていきたい」と思っていました。先生はデザインという観点をスポーツ義足に投影させたいと考えていたので、私が競技場で履ける義足を作るというテーマでプロジェクトが進みました。

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