1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

千堂あきほ語る少年隊の異常な人気「コピーのサインでも数ヶ月待ち」

WEB女性自身 / 2021年8月30日 6時0分

写真

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代に心を奪われたアイドルの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょう――。

「今回の取材で少年隊のことを語ろうと、東山(紀之)さんに連絡してみたら『その当時、思ったままを話してね。よろしく』とお返事いただいて。今でも年に一度くらい、メールで挨拶していますが、昔から変わらず接してくださる、本当に素敵な方です」

そう語るのは、千堂あきほさん(52)。20代のころ、『東京ラブストーリー』(’91年)や『振り返れば奴がいる』(’93年・ともにフジテレビ系)など、数々のドラマで活躍した千堂さんだが、高校までは芸能界にまったく興味を持っていなかったそう。

「小学生のころから体育会系女子で、町内で運動会があれば優勝したし、リレーの選手にも選ばれていました。その勢いで中学時代は陸上部に所属して、大会とかで忙しかったので、テレビはほとんど見ていなかったですね」 松田聖子や中森明菜など’80年代アイドルの曲は、4歳上の姉がかけているのを、隣で聴く程度だったという。

「でも、関西育ちなのでお笑いは身近な存在でした。土曜の午後は吉本新喜劇をテレビで見ていたし、部活がない休日、友達と行った映画館が混んでいると、『じゃあ、次の回まで吉本でも見て待ってる?』って、劇場に向かったりしていました。ドリフターズさんも大好きだったんですが、祖母と一緒に暮らしていたから、土曜8時は『暴れん坊将軍』(’78~’02年・テレビ朝日系)で、『8時だョ!全員集合』(’69~’85年・TBS系)はCMの間だけ見ていました」



■その場のノリでオーディションに応募

中学卒業後は、県立高校の演劇科へ進学した。

「芸能コースではありましたけど、舞台論や演劇史などを学んで幼稚園の先生になり、子どもが楽しく表現できる場を作るのが、将来の夢だったんです」

だが、クラスメートは本気で芸能界を目指している人ばかり。入学当初は気後れしたという。

「みんな『私が一番』『私を見て』というタイプで、いつも『劇団○○座に受かるには?』とか『○○のオーディション、どうする?』という話をしていて……。自分とはまったく違う人の集まりだと思っていました」

そんな友達に囲まれていたこともあり、“その場のノリ”で、一緒に撮った写真を、雑誌に掲載されていた『ロッテ CMアイドルはキミだ!』というオーディションに応募することに。

「受かるなんて思っていなかったのに『審査に通ったので、歌を歌いにきてください』と電話があったんです。親は『高校卒業後の進路を考える大事な時期に!』と言いつつも、『まあ、今しかできない貴重な体験だ』と、最終的に参加させてくれたんですね」

だが、急に「歌いにきてください」と言われても、アイドルの曲はほとんどわからない。そこで姉の部屋に入り、偶然、手に取ったカセットテープに入っていた中森明菜の『ジプシー・クイーン』(’86年)を、オーディションで披露することにした。

「歌のレッスンもしていなかったし、自分でうまいと思ったこともなかったのですが、なぜか参加者300人くらいのなかの10人に選ばれて、東京の本選に出ることに。父が同行してくれたんですが、東京観光の気分だったものだから、ディズニーランドに行ったこと、帰りの新幹線の食堂車でご飯を食べたことくらいしか覚えていません(笑)」

オーディションではグランプリこそ逃したものの、その後、芸能プロダクションの社長がスカウトのために、何度も実家を訪れた。

「高校卒業後は短大に進むつもりでした。でも、父からは『短大に行ったつもりで、2年だけ勉強してみればいい。だめならそれから短大に進めばいいじゃないか』と言われて」



■マネージャーに少年隊のサインをねだったけど…

卒業式を終え、すぐに上京して、事務所の電話番から始めた千堂さん。さっそく衝撃を受けたのは、先輩の女性アイドルに同行した歌番組の、生放送ならではの現場の熱気だったという。

「テレビの画面を通して見るのとはまったく違うものでした。まず圧巻だったのが、たくさんの売れっ子たちが一堂に集結している様子。その舞台裏にはヘアメークさん、スタイリストさん、照明さんなど、プロフェッショナルな人たちが大勢いて、1人のアイドルを作り上げている。“こんなすごい世界があるんだ!”って」

まったく芸能界に興味がなかった千堂さんだが、その熱量に心を動かされた。

「ちょうど少年隊がいろいろな歌番組に引っ張りだこだったころで、『仮面舞踏会』(’85年)や『君だけに』(’87年)、『ABC』(’87年)なども目の前で見たのですが、あまりのカッコよさに、ものすごく感動しました。歌もいいんですが、なんといってもジャニーズのタレントのなかでも抜きん出ていたダンス。体育会系の私としては、アクロバティックな動きや、派手なマイクパフォーマンスに目を奪われてしまったんです」

まだデビュー前の新人らしく、『ニッキ、カッコいい! サイン欲しい』と、自身のマネージャーにねだってしまったという。

「“ジャニーズに強い”といわれていたマネージャーさんを介しても、いただけたのは数カ月後で、しかも直筆ではなく印刷されたもの。それだけサインを頼まれる枚数が多かったんでしょうね」

千堂さんは’90年に歌手デビュー。憧れの少年隊・東山と共演したのはドラマ『ザ・シェフ』(’95年・日本テレビ系)だった。

「ジャニーズのタレントさんと共演することはステータスで、私よりも事務所関係者のほうが興奮していました。私も東山さんは雲の上の人のような存在で近づき難いのかなと思っていたし、いっぽうでは“きゃーきゃー言われすぎて、勘違いしているかも”なんて思ってたりしたんです(笑)。でも実際にお会いしてみると、そんなふうに思っていた自分が恥ずかしくなるくらい、すごく気配り、目配り、心配りができて、決して努力をまわりに見せない人。多くのことを学びました」

千堂さんの活躍は、10代後半に間近で見た“’80年代のキラキラした芸能界”からの刺激が糧となっていた。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング