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「優勝は大したことない」同級生父を感嘆させた羽生結弦父の哲学

WEB女性自身 / 2021年9月12日 6時0分

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「“元気で頑張って。うちの息子も頑張っているから”という気持ちで、結弦くんに餃子を送っていたんです」

羽生結弦(26)との交流を、そう話してくれたのは石川県金沢市在住の坂田俊晃さん。坂田さんの長男、裕熙さんは、羽生と同学年で同じ小中学校に通っていた。

自閉症があった裕熙さんは、高校卒業後、自立を支援する施設に通うようになったが、そこで餃子を作って販売しており、あるときからその餃子を羽生の元へ送るようになったという。

本誌9月14日号《羽生結弦 ルーツは母特製しょうが入り 金メダル級餃子愛!》の記事で取材を受けてくれた坂田さんだが、取材のなかで餃子の逸話にとどまらない羽生との交流も聞くことができた。本記事で改めて紹介する。

■“覚えてる?”と聞いたら羽生が笑って……

羽生と裕熙さんが出会ったのは、2人が通った宮城県仙台市の七北田小学校。裕熙さんは、特別支援学級に通っていた。

「結弦くんが裕熙の遊び相手をしてくれていたんですね。小学校4〜5年のとき、学校のスケート教室があって、そのときも長男の手を引いて教えてくれたようです。あとから聞いた話ですが、やはりうちの息子が危なっかしいところがあるから、先生もいろいろ考えられたうえで、障害のあるうちの子と、スケートの得意な結弦くんを組ませてくれたところがあったみたいですね」

その後、坂田さん一家は金沢に移住することになる。’11年3月に起こった東日本大震災で被災したためだ。

その3カ月後の’11年6月、アイスショーで全国を回りながら練習を続けていた羽生が、坂田さん一家の住む地域にショーのためにやってきた。その際、坂田さんは羽生や彼の母親と対面する機会があった。

「結弦くんに“うちの裕熙のこと、覚えてる?”と聞いたら、すごく笑って、“忘れるわけないですよ”と言ってくれたんです。その言葉にはたぶん、結弦くんがうちの子にかなり手を焼いたという意味も含まれているんだろうなって(笑)。それを笑って言ってくれることがありがたかったです。結弦くんって、本当に優しいですよ」

そのとき、羽生の母親とも震災について話したという。仙台で同じ地区に住んでいた坂田さん一家と羽生の一家は、被災時に避難した体育館も同じだった。

「“お互い大変でしたね”とかって話をしましたね。地震って人を選ばないですからね。みんな同じように苦労をしていて。“でもこうやって会えましたね”みたいな、同じ仙台の人間同士、ホッとするような感じがありました」



■羽生の父親の言葉にハッとさせられた

このアイスショーの直後、坂田さんは現在まで続く「羽生結弦君を応援する会」を立ち上げている。羽生の父親に連絡をとり許可を得て発足したこの会では、坂田さんがつくった「羽NEWS(ハニューズ)」という会報を会員に配る。

現在では、92号にまで達しているというこの会報の内容は、羽生の話題だけでなく、宮城の情報も届けるもの。

「結弦くんに会ったときに、私も何かできないかな、何かしなきゃいけないな、と感じたんです。当時、私は仕事のために金沢と仙台を行ったり来たりしていました。平和な金沢から、車で東北に向かうとき、福島に入るともう全然雰囲気が変わるんです。自分だけ金沢でふつうに暮らしていて、でも仙台に来たら大変で。心が痛むわけです。

そんなときに結弦くんに会って。“あっ”と思いついて。結弦くんも応援できるし、結弦くんを応援することで宮城のために何かできるんじゃないかと思ったんです」

そのように羽生の活躍を見守ってきたなかで、坂田さんは羽生の父親の一言にハッとさせられたことがあったという。羽生が高校生のころある大会で優勝し、坂田さんが羽生の父親に「優勝おめでとうございます」と祝福の電話を入れたときのことだ。

「“結弦だけじゃなくて、選手たちはみんな頑張っていますから。家族にとっては、優勝したことが偉いんじゃなくって、頑張ったことが素晴らしいんです。優勝自体は大したことじゃないんですよ”ってことを、お父さんがおっしゃったんです。私は浮かれていた自分が、すごく恥ずかしくて。その言葉に水をかけていただいたなって思っています。ああ、応援するということはこういうことなんだなって、そのお父さんの一言で悟りました。

結弦くん自身もいつも本当に大会全体をよく見ていて、いろんな選手やメディアの方への気配りなんかがすごいですよね。みんな頑張っていて、1位になる選手がいるということは2位や3位の選手もいる。大会ができるということ自体、スタッフの方がいてのことだし、自分中心に考えていてはだめなんだ、と考えられていることがよくわかります」

長く羽生には会っていないというが、本人をはじめ羽生家の幸せを願っている、と坂田さんは言う。

「餃子を送ったのも、お互い震災を経験して大変だったけれど、“裕熙もこうやって頑張ってるから、結弦くんも頑張ってね”というメッセージのようなつもりでした。ご家族も本当に温かい方なので、丁寧に遠征先のお土産を送ってお返しをくださったりしたんですが、私は会うのもご迷惑だろうと思っていて、ただ見守る、といいますか。

とにかく、結弦くんの活躍もそうなんだけれど、いずれ彼も引退するでしょうしその後の人生も、それにご家族も、みなさんが幸せになれるようにと思っています」

先日、日本スケート連盟の公式YouTubeチャンネルで羽生は今季の抱負を次のように語った。

「いつもご支援いただき、ありがとうございます。今シーズンも自分の夢の達成に向けて、日々精進していきます。これからもよろしくお願いいたします」

現在、誰も成功させたことのない4回転アクセルを目標に掲げている羽生。北京五輪シーズンとあって、私たちはついつい五輪3連覇を期待してしまうが、“勝利よりも大切なもの”を目指して、羽生は今日も精進しているのだろう。

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