「生きている限り幸せ」少女のがん闘病ブログが教えてくれたこと

WEB女性自身 / 2014年11月10日 8時0分

ぽん豆は愛知県刈谷市の公立中学に通う1年生。「てれぽん」が彼女の愛称で、「ぽん豆」はそれにちなんだハンドルネームだ。彼女は小学6年生になったばかりの昨年4月から、中1の1学期まで闘病生活を送った。
 
ぽん豆の病名は「肝未分化肉腫」ステージ4。肝細胞になるはずの未熟な細胞から発生したがんで、かなり進んだ段階で発見された。治療法は、がんの切除と抗がん剤による化学療法である。
 
手術と苦しい抗がん剤の副作用、長引く闘病生活を、ぽん豆は『VS小児がん ぽん豆が挑む12歳の挑戦』というブログに書いてきた。小児がん患者本人が書いているのは珍しい。ブログの人気ランキングの中でも常に「人気1位」である。
 
 12年、小学5年生の3学期。肩が痛み、微熱も出てきて、病院を転々。そのうち、腹部の激痛で救急病院へ。病理検査を重ねた結果、極めて珍しい小児がんと判明。 13年4月、ぽん豆に告知しないまま、胸のカテーテルからの抗がん剤投与が始まった。朝、目を覚ますと抜け落ちた髪が束になるほど。
 
「これって、抗がん剤みたいだね」
 
5月末、外泊許可が下り自宅へ戻ってきたとき、ぽん豆は聞いた。「ホントのこと、教えて」。母・久美子さんが隠し続けるのは困難だった。5クールの抗がん剤投与。日に日に弱っていくぽん豆に久美子さんは、ブログを書くことを提案したという。
 
「娘の気持ちがズンズン沈んでいきました。吐き出せる場所が必要だと思ったし、気持ちの整理にも役立つと」
 
最初は消極的だったぽん豆も、しばらくすると、「こういう病気の子もいるんだよってみんなに知ってもらいたいから書いてみる」。こうしてブログが 13年7月から始まった。
 
肝臓から悪性腫瘍を取り除く手術は、ブログ開始から1カ月後の8月19日に決定。手術3日前のブログでは《なぜか、手術が楽しみになってきた いま、ワクワクがとまんない》。明るく、まるで修学旅行に行く前夜のようなはしゃぎっぷりだ。これには理由がある。
 
「お母さんの泣いたところを見たことがない。病室にいるときはいつも私を笑わせようとしていたのに、浮かない表情をしたり、目がものすごく腫れていたのを何度も見ていました」
 
だから余計な心配をさせまいと懸命に明るく振る舞い、ブログでもわざとはしゃいでいた。
 
手術で腫瘍を取り除いた。しかし、医師から告げられたのは、さらに9クール27週の化学療法。9月、外泊許可が下りたとき、久美子さんはそのことをぽん豆に説明した。
 
「私、やってみるよ」。ぽん豆は果敢に挑戦していった。計14クールというのは、日本人では例がないという。
 
4月、待ちに待った退院。中学への初登校はゴールデンウイーク明けだった。
 
《初めて教室へ行った時、黒板にwelcome!と書いてあってびっくりしました》
 
ぽん豆ブログも以前ほど更新されなくなった。夏休みは宿題と課題テストの猛勉強に追われていた。《凄く幸せな夏休みでした。幸せの本当の意味がわかった》。勉強に追われているなかにも普通の生活ができる幸せをかみしめているぽん豆がいた。新しい友達がたくさんできた。つらいことがあると、「もう死にたい」ともらすクラスメートもいる。そんなとき、ぽん豆は悲しくなる。
 
「そんなこと言わないでって思うの。だって、幸せじゃない日なんてないって、生きている限り」
 
ブログもやめるつもりはない。ブログで笑って、泣いて、そのときの思いを吐露することで、ぽん豆はがんと闘い抜くことができた。再発、転移の恐怖がまったくないわけではない。
 
「異常な心配はやめようと思うの。病気が見つかってから大騒ぎすればいい」
 
その表情は明るく、そして自信に満ちている。

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