「流された場所でも戻りたい」震災後2年自宅再建奮闘記

WEB女性自身 / 2013年9月1日 7時0分

東日本大震災で633人の犠牲者が出た宮城県山元町。災害危険区域にありながら、津波で流された元の場所に自宅をリフォームした女性3人家族がいる。祖母の言葉に引っ張られ、三者三様の故郷への思いを胸に秘めながら再建を決心するまで――娘ニコ・ニコルソンのマンガ『ナガサレール イエタテール』で話題になった被災地で生活を作り直す家族の姿を追った。
 
あの日、母(58)は、年末から腰骨を折って療養中の婆(83)を車に乗せ、整骨院に向かう途中で地震に遭った。大きく道がうねるほどの揺れに、自宅が心配になって引き返す。自宅へ戻ると、サッシが外れ、食器が割れ、婆が丹精していた植木鉢が割れていた。大阪にいる母の弟に無事を知らせる電話をかけたその直後だった。門の近くで、水がパシャパシャと波打っている。
 
「まさか……。津波? 婆、早く上に逃げて!」キョトンとする婆のズボンのウエスト部分をグッと持ち上げた瞬間、ドッカーンと轟音とともに、津波が家の中まで押し寄せた。いきなり視界が真っ暗になった。
 
「気がついたら天井が見えていて、婆がタンスにつかまっていた。タンスの上に上がって婆を助けようとすると、無我夢中の婆が私の頭をつかむから、水に潜らされてさぁ~」
 
なんとか2階に避難したが、水は引かず、布団にくるまって一夜を明かした。翌朝、婆と母は山側にある中学校へ歩いて避難した。ひとまずホッとしたのもつかの間、婆に異変が起きた。きょとんとした顔で、母を見つめた婆は言った。「あなた誰?」
 
震災と避難生活のストレスで“せん妄”という症状が出てしまった婆。一時的ではあったが、婆の認知症はそこから一気に進んだようだ。その後、川崎の叔父が車で2人を迎えに行き、川崎の叔父夫婦の家に連れ帰った。震災から2週間。東京にいた娘のニコさんは2人とようやく再会できたのだが、無事を喜び合うどころか、疲れきった2人の重苦しい雰囲気に気おされた。
 
いつもドライな母が、感情むき出しの涙声になっている。常に家事をこなしてきた婆は膝をかかえ、窓の外を、ただボーッと眺めていた。そして「皆、津波で死んじゃった。戻りたい。山元に戻りたい。戻ればきっと誰かいる」と泣いた。しかし、4月に入って、様子を見に帰った山元町の家は惨憺たるありさまだった。部屋は1メートル以上、ガレキと泥に埋まりとても戻れる状況ではない。
 

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