竹内智香 スノボメダリストが 日本舞踊でみせていた“才能”

WEB女性自身 / 2014年2月26日 7時0分

4度目の五輪挑戦で、ついにメダルを手にした竹内智香選手(30)。“苦労人”と言われる竹内だが、彼女の努力は、雪の上だけにとどまらない。メンタルトレーニングのために寺に通ったり、06年トリノ五輪の前には、旭川市で日本舞踊を習ったりもしていたのだ。
 
当時、日舞の指導をした花柳来さん(72)は当時の様子を次のように語る。
「スノーボーダーがなぜ日舞を習っていたのか? と、よく聞かれるのですが、それは教えていた私にもよくわかりません(笑)。日本舞踊は、忍耐が必要な踊りです。立ったまま腰を落として、両ひざはピッタリとくっつけます。姿勢もつらくて苦しいのですが、懸命にやっていましたね。当時彼女は20歳ぐらいでしたが、本当に習得の早いコでした。一瞬も目を離さず、私の踊りをじっと見ていて……。あんなに熱心なコは珍しかったですね。あのまま踊りを続けていたら、相当な舞踏家になったと思います」
 
竹内は、指先まで神経を使い、上半身と下半身で異なる動きをする日舞の動きを、スノーボードに生かせないかと考えていたようだ。しなやかかつダイナミックな彼女の滑走は、工夫と努力を長年続けてきた結晶と言える。竹内の身体トレーニングを指導したハルスポーツプロダクションの和智正哉さんはこう話す。
 
「竹内さんに最初に会ったのは8年前でした。身体の左右のバランスが悪いと、相談を受けたのです。フィットネスの指導をしたのですが、そのなかで『楽体』というエクササイズ用品も使用しました」
 
楽体は、赤・青・白のトリコロールカラーのシリコンゴム製のチューブで、ハルスポーツプロダクションを設立したハル常住氏が開発したものだ。竹内は、特に肩甲骨の柔軟性や体幹を鍛えるために愛用し、バランス感覚を養っていたという。竹内はソチ五輪本番でも、“お守り代わり”にと、楽体を首に巻いていた。可能な努力は絶対に惜しまない! そんな執念が引き寄せた銀メダルだった。

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