桂文枝語る「今のテレビ局は芸人に対して情がない」

WEB女性自身 / 2013年7月13日 7時0分

『六代目桂文枝』襲名から1年。落語への飽くなき追求を続ける彼の目に、今の「テレビの笑い」は、あまりに空虚で殺伐としているように映るという。“笑いの大御所”は、あえて言う。「そんな番組は見るな」とーー。

「昨年の7月16日、69歳の誕生日に『六代目桂文枝』を襲名して間もなく1年になります。襲名披露は来年の春まで続きますけれど、この1年間で、北は北海道、南は沖縄、さらに、昨年の12月にはパリでも2日間襲名披露公演を行いました。フランスの方たちから『落語は単なるお笑いではなくアートだ』と評価していただき大変うれしかったですね」(桂文枝・以下同)

 今月16日には、大阪の『なんばグランド花月』で襲名1周年記念公演が行われる。そこで新作の創作落語二席が披露されるという。ひとつは『嵐を呼ぶ男~石原裕次郎物語』。裕次郎のヒット曲を通し、彼の人となりを検証していくという噺だ。

「一例を挙げると、裕次郎さんは大スターであったにもかかわらず大変謙虚で、礼儀正しい方で、♪夜霧よ今夜もありがとうーーと、夜霧にまでお礼を言う(笑)。もう一席は『友よ』。こちらは、75歳になった男の友達同士が『いつまでも友達でいような』と言いながら、人生を振り返り、これからを語り合う。高齢化社会に向けて、いかに友達が大切か、ということを落語にしました」

 これからの日本は、少子高齢社会で活気がなくなっていくような気がする。だからこそ若い世代に頑張ってほしいが、彼から見ると、頑張っているのだろうが、どうも物足りない気がするという。

「昔の人に比べると志が低いというか、自分でラインを引いて『できなかったらしゃあないな』みたいなところがあるように見受けられる。そうではなく、大所高所に立って、自分のためではなく『人のため、お国のために頑張ろう』という気概を持ってもらいたいと思うんですね」

 昨今の日本人には、「日本人の美徳」とされてきた“情”が希薄になっていると感じるという。人間関係のみならず、すべてにおいて一番大切なのは“情”であると彼は思う。落語でも笑わすことはいくらでもできる。しかし、そこに“情”があれば笑いに深みが出るが、情の部分を全部切り捨ててしまえば、空虚なものしか残らないという。

「昨今のテレビ局とお笑い芸人の関係にも、情の希薄さを感じますね。テレビ局は、芸人に対して“情のないこと”をしていると思うんです。どの局も、次から次へおもしろい人間を探してきて、バーッと使って、ひと通り使ったら『もうええな』という感じですから……。だから、使われるほうも注目されようと刹那的というか、“一発芸”的なギャグを一生懸命考える。“笑い”とはそうではなく、積み重ねでないと、本当にいいものはできないんですよ」

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