中森明菜「ベストテン」恩人の葬儀に参列できなかった事情

WEB女性自身 / 2013年9月13日 7時0分

 8月28日に特発性間質性肺炎のため亡くなった元TBSプロデューサーの山田修爾さん(享年67)。その告別式が9月3日、都内で営まれた。山田さんは、最高視聴率41.9%を記録した人気番組『ザ・ベストテン』を手掛けた名プロデューサーだった。

 葬儀には、桑田圭祐(57)、吉川晃司(48)、稲垣吾郎(39)ら多数の芸能人が駆けつけたが、『ザ・ベストテン』で、番組史上、最も多く1位を記録した歌姫の姿はなかった。松田聖子らを上回る、実に69回の1位を記録したのが、中森明菜(48)だった。

「明菜さんは、デビュー前から『ザ・ベストテン』が大好きだった、とよく話していました」(番組の元スタッフ)
 山田さんの著書『ザ・ベストテン』にも、明菜とのエピソードが綴られていた。
≪暮れに『ザ・ベストテンスペシャル』をやる時、ランスルー(通しリハ)で自分の出番が終わっても最後まで3~4時間、ずっとMC席のソファーに座っているのは南野陽子さんと彼女(明菜)。ほかの歌手が歌っている時、その歌を一緒に歌っているのも彼女(明菜)。本当にベストテンが好きなのだ≫
 
78年から12年にわたって放送された同番組と、明菜の絶頂期はピタリと重なる。去年3月に発売されたDVD『ザ・ベストテン 中森明菜プレミアムボックス』の制作にあたっても、明菜はどの場面を使うか山田さんと相談し、膝を交えてチェックしていたという。明菜は、そんな恩人の葬儀に参列を切望したのだが……。
「明菜さんは、山田さんに最後のお別れをしたかったそうですが、体調が思わしくなく、周囲から参列を止められたそうです」(前出・テレビ局関係者)
 
明菜は10年10月、帯状疱疹などによる体調不良を理由に無期限の活動休止を発表。同年7月のイベント出演を最後に、公の場から姿を消した。以降、何度か復帰の噂はあったが、実現には至っていない。

番組の放送終了後も、食事に出かけるなど山田さんと交流を続けていたという明菜が再びステージに立ち、歌声を天国に届けてくれる日を、山田さんも待ちわびているに違いない。

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