小坂明子『あなた』大ヒット後の葛藤と転身支えた伴侶

WEB女性自身 / 2014年7月18日 10時0分

「詩は授業中、ノートの片隅に20分くらいで書き、家に帰ってから曲をつけたんです。1回目につけたメロディではだめだって思って、作り直してできた曲が『あなた』でした。16歳で素人ですから、『この曲が世の中をびっくりさせちゃったりして』みたいな、軽いノリでしたね」

 発売1カ月で100万枚、3カ月で165万枚、現在までに200万枚を超える、歴史的大ヒット曲となった『あなた』。その生み出された経緯を語るのは小坂明子(57)。曲は高校2年生のときに作られたものだった。

「作ったときは、40年後も歌い継がれるなんて思いもしませんでした。詞は当時のボーイフレンドとの会話がヒント。もともと『ガロ』が好きで、どうしたら会えるんだろうと、音楽家だった父に相談したんです。そうしたら、当時、全盛だった『ヤマハ主催のポピュラーソングコンテスト(ポプコン)にでも出場したら』って。なので、当初の『あなた』は、ガロに歌ってもらうため、3部合唱の予定でした」

 ポプコンには3人でエントリーしたが、本戦出場を前に、ほかの2人が出場できなくなり、急きょソロで小坂さんが歌うことに。そして、コンテストでは見事に優勝。『あなた』は瞬く間にミリオンセラーとなった。彼女の生活も一変した。

「校門でマネージャーが待っていて、そのまま東京へ行き、仕事が終わると夜行列車に飛び乗って早朝、大阪に戻って。そのままホテルで朝食をすませて登校していました。ピアノの練習の時間がなくて、曲は『あなた』だけ。アルバムを出すときにも、5曲くらいしかなかった」

 大ヒット後には、試練が待っていた。高校卒業後、仕事に専念できる環境は整っていたものの、方向性が定まらない。『あなた』のファンはいても、小坂明子のファンはどのくらいいるのか――。そう葛藤した時期が長かったという。

 そんなシンガー・ソングライターとして10年を経て、本来、やりたかった作曲家として再始動する決意をしたころ、ひとつの転機が。後に伴侶となる、現在のマネージャーとの出会いがあったのだ。それは、容赦ないダメ出しから始まった。

「よくぞここまで、というくらいけなされました(笑)。『自分の世界だけで作っていてもダメだ』『もっと努力しなければ一発屋で終わるぞ』と。私のダメなところがいちばん見えていた人です。けれど当時は、反発して泣きながら帰りました。でも家に着くと、言われたことは正しいのかもしれないって」

 音楽で共鳴し合った2人は、気がつくと公私ともにパートナーに。2男にも恵まれた。現在は作詞・作曲・編曲家として、松田聖子はじめトップアーティストへの楽曲を提供。TVアニメや舞台音楽など、約3千曲を生み出した。ももいろクローバーZが歌う『セーラームーンクリスタル』の『月虹』は、7月5日から世界配信された。さらに音楽家育成プロジェクト「のんのんじゃんる」で、シンガーや作詞・作曲家の育成活動にも力をそそいでいる。

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