”ホームドラマの母”が語る「母がいなかった私の食卓」

WEB女性自身 / 2014年10月4日 7時0分

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「プロデューサーとしての初仕事は58年9月、東芝日曜劇場(TBS系)の『橋づくし』でした。それから56年。今年の8月には『世界最高齢の現役テレビプロデューサー』として、ギネスの世界記録に認定していただきました」

そう語るのは、石井ふく子プロデューサー(88)だ。これまで手掛けてきたテレビ番組は、実に約3400本!! 人気番組『『渡る世間は鬼ばかり』など、家族を描くドラマを多く手掛けてきた彼女には「ホームドラマの母」とも言われている。

「作品を手掛けるにあたり、常に頭にあったのは『いつの時代でも家族が大事だ』ということ。こうした思いには、私の生い立ちが強く反映しているような気がします」

 父は新派の名優・伊志井寛さん、母は芸者で、のちに小唄の家元となる三升延さんとの間に、石井さんは大正15年に生まれた。

「私の祖父は東京の下町で芸者の置屋を経営していて、娘つまり、私の母も芸者としてお座敷に出ていました。母は、私を産んでからも芸者を続けていましたので、私は祖父母に育てられました。しかも、母は稼ぎ頭で、とても忙しかったものですから、私は母からお乳をもらった記憶がないんです。まして、家族揃って食事をしたり、団らんすることもなかった」

母と過ごす時間を持てなかった幼少期の記憶。それが「ホームドラマの母」の原体験だった。

「ですから、私が手掛けるドラマには、必ずと言っていいほど家族揃っての食事や団らんのシーンが出てきますが、これは、私のあこがれであり夢でもあったんです。あと何年この仕事を続けられるかわかりませんけれど、これからも質のいい〝人間のドラマ〟を、体が動く限り作っていきたいと思っています」

女性自身

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