ムロツヨシ「僕を覚えて」と必死にアピールした下積み時代

WEB女性自身 / 2014年10月31日 10時0分

 隔週連載《中山秀征の語り合いたい人》。今回は、舞台で経験を積み重ね、映画やドラマで活躍し始めた個性派実力俳優・ムロツヨシ(38)。中山も「気になっていた」というネクストブレーク俳優がじっくりと語る。

中山「大学をやめて、役者の養成所を卒業してからは?」

ムロ「経験を積むために小劇場のキャストオーディションを受けまくりました。ワークショップに行ったり、小さい劇団に入ってはやめを繰り返す落ち着かない生活で。僕が人を集め、脚本を書き、演出もする劇団を立ち上げたことも。でも、半年後には『もうムロとはやりたくない」とクーデターが起きまして……。アツすぎたんですよね」

中山「団体作業はチームワークが大切だから、1人だけテンションが違うと難しいよね」

ムロ「次に出る舞台もなくなり、彼女とも別れ、応援してくれていた友達からも期待されなくなったのが、25歳のとき。僕、何もなくなちゃったんですよ。19歳からの6年間はセンスや才能があると思っていたのですが、自分には何もないんだと初めて自覚するんです。ゼロになって自問自答したのが、役者を続けるかやめるか。そこでやると決めたからには、がむしゃらに『ムロツヨシ』を連呼して、『使ってください』『僕を覚えてください』とアピールしまくることにしたんです。その1年間はバイトもやめ、自分を追い込み、8本の舞台に出演しました」

中山「その1年間、集中して演劇に取り組んでみて、何か変わりました?」

ムロ「僕の出演した2本の舞台を映画監督の本広克行さんが見てくれていました。本番後に名刺を渡したのがきっかけで、本広監督の映画に声を掛けてもらえたんです」

中山「やってみるもんですねぇ〜」

ムロ「やってみるもんなんですよ(笑)。本広さんは僕の名刺を見たときに、『自分の名前を連呼してたアイツの野心は裏切らないだろう。技術ではなく野心があるなら、何かしら爪痕を残そうって思うんじゃないか』と。さらに28歳のときに『踊る大捜査線』のスピンオフ映画『交渉人 真下正義』にも出していただいたのですが、トントン拍子でうまくはいかなかった」

中山「まだなかなか世の中に出られないんだ」

ムロ「またコツコツ舞台に出て、バイトざんまいの日々の再開です。コンサート会場の設営バイトではチーフみたいな立場まで上り詰めちゃって(笑)。『僕、バイトは一生懸命やりますけど、本業はコレじゃないんです!』と社員への誘いは断りました。20代はバイトばかりでしたね〜。芝居だけで食べていけるようになったのは、本当にこの1年くらいです」

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