生稲晃子“女将”務める鉄板焼き店を訪れる「豪華芸能人」

WEB女性自身 / 2014年11月7日 7時0分

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「高校生で芸能界デビューし、ふつうのお勤めをしたことがなかったので、何か資格を取ろうと決めました。ただ、40歳を過ぎてからの挑戦だったので、勉強しても昔のように知識が頭に入らなくって。そもそも鉛筆を握ること自体が久しぶりで、手が震えるようなありさまだったんです(笑)」

そう語るのは、‘86年におニャン子クラブ会員番号40番としてデビューした生稲晃子(46)。おニャン子クラブ解散後は女優としても活躍。’03年に結婚し、’06年に女児に恵まれた。“40の手習い”で取得した心理カウンセラーの資格は、その長女の教育にも役に立ったという。

「子供に勉強をさせるためにはガミガミ言うだけでは逆効果で、親自身が勉強をしたり本を読んだりしている姿を見せるのが効果的。そういったこともカウンセリングの勉強で学びました。自分が母親になってみると、亡き私の母が残してくれた言葉も、あらためて胸にしみますね。『芸能人は周りの方から良くしていただくけど、自分が偉いなんて思っちゃいけないよ。芸能人である前に、1人の人間としてしっかり生きなさい』と私のことを叱ってくれました」

 妻として、母として、タレントとして多忙な日々を送る生稲だが、夫と経営する鉄板焼き店の“女将”としての顔も持つ。

「店が忙しいときには、スタッフTシャツを着て店を手伝わせてもらっています。アルバイトの経験もないので、やらせてもらってるという感じですね。渡り廊下走り隊7(AKBから派生したユニット)が、今年2月に解散したときには、最後のライブの後に、貸し切りで打ち上げも開いてくれました。華原朋美さんや仲間由紀恵さんが来てくださったこともありますよ。私も店で料理や飲み物を運んだり、サーバーで生ビールを注いだりすることもあるのですが、スタッフから『泡が多すぎです!』なんて叱られたりするんです(笑)」

 亡き母の言葉に従い、生稲の“人間修行”は続いているようだ――。 

女性自身

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