ファンキー加藤「好きになったものは見る側じゃなくやる側に」

WEB女性自身 / 2014年12月1日 8時0分

 隔週連載《中山秀征の会いたい人》。今回は、’06年にデビューし瞬く間に国民的グループとなり、’13年に解散したファンキーモンキーベイビーズのリーダーだった、ファンキー加藤さん(35)。その少年時代は?

中山「ファンキーさんは『趣味』を聞かれると困るそうで」

加藤「アハハ。はい。いちばん困るのは『最近のマイブームは何ですか?』です。1年を通じて20回くらい聞かれるんですけど、そんなにマイブームなんてないですよ(笑)」

中山「じゃあ、そこから伺いましょうか。そもそも音楽が好きだったんですか?」

加藤「好きでしたね。親父が学生時代からアマチュアバンドをやっていて、家にアコースティックギターがあったんですよ。それで親父にギターを教わり、自分でも弾くようになって」

中山「学校のクラブ活動でも音楽をやっていたんですか?」

加藤「小・中学校では野球をしていました。昔は多趣味というか、漫画も好きで、『漫画家になる!』とか言って絵を描いたり、『プロレスラーになる!』とか言って体を鍛えたりしていましたね」

中山「どちらかと言うと、感化されやすいほうだったんですかね」

加藤「そうだと思います。自分が好きになったものは必ず見る側じゃなくて、やる側になりたい人だったんですよ」

中山「野球選手であれ漫画家であれ、ステージでスポットライトを浴びたい、と。でも、その選択肢の中から最終的には音楽1つに絞りこまれていったわけですが、それはどういう流れだったんですか?」

加藤「高校生で思春期に入ったら、女のコにモテたいという気持ちが芽生えてきて。そこで手持ちのカードから漫画家がなくなり、プロレスラーがなくなり、残ったのが音楽でした。高校を卒業するころには、ラッパーというスタンスでクラブで歌ったりはしていましたけど、プロになろうとまでは思っていませんでしたね」

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