私を「ブス」と罵り続けた母に、今さら謝罪され…親子関係に悩む全ての人へ

女子SPA! / 2020年10月8日 8時47分

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yuzukaさん

 児童虐待による痛ましい事件の報道が後を絶ちません。身体的虐待やネグレクト(育児放棄)に比べ、さらに事件が表面化しにくい虐待に“心理的虐待”があります。

 精神科・美容外科の元看護師でもある作家・コラムニストのyuzukaさんも“言葉の虐待”をする母親のもとで育った一人。2018年には著書『大丈夫、君は可愛いから。君は絶対、幸せになれるから』(KADOKAWA)が刊行されました。

 かつて「女子SPA!」で恋愛相談の連載を持っていた彼女ですが、今回は改めて“自分自身”をテーマに綴ってくれました(以下、yuzukaさん寄稿)。

◆29歳。もう若くはない私

「あなたの話をしてください」と言われると、私は大抵困って、クビを傾げてしまう。

 それはあまりにも多すぎるストーリーに困惑して、自らの人生をどの角度から、どうやって説明すればいいのか、分からなくなってしまうからだ。

 その証拠に、「あなたのことを書いてください」と言われたこの原稿の締め切りはとうの昔に過ぎていて、過ぎているのに納得できず、書いては消して、諦めて、書いては消して、実のところこうして書き始めるのは、実に3度目だ。

 私は現在、29歳である。

 端的に説明すれば、元風俗嬢で、元看護師。現在はコラムやエッセイを書きながら、作家として…と言ってしまえば聞こえは良いが、実際にはほとんど何もせず、好きな時に好きなものを書いて、ただ死ぬのを待つように、沖縄で暮らしている。

 29歳。老いぼれとは言わないが、どの業界でも「最年少」だけが売りだった私にとってその年齢は確かに、もう若くはない。

◆「おとな」になれなかった

 年齢を重ねていくごとに、地位や凜とした姿勢や、それにともなう自信が身につくのだと思っていた。勝手に強くなって、勝手に冷静になって。

 当然のように私たちが見てきた「おとな」になれるのだと思っていた。でも、なれなかった。

 私の心の中はずっと止まったままで、幼くて甘えたでずるいまま。外見が衰えていっても、老いていっても、世間の期待とはうらはらに、私の中身は変わらなかった。

 年相応の身なりや、年相応の受け答えを勉強して、やらされた。やらされているうちにそれが板について、周囲から見れば、私はなんとなく「おとな」に見えたかもしれない。

 だけど成熟を重ねたハリボテの体の中にいる私は確かにまだ幼い子供で、誰かが「大丈夫?」って抱き上げてくれるのを待っているのだ。

 どうしてだろう。

「あなたのことを書いてください」と言われたとき、何を書けば良いのか分からなくなった自分自身に、問いかける。

 何が今のあなたを作ったの? ずるくて、汚くて、幼いあなたは、どこから来たの?

◆今の私を作ったのは「母親」

 風俗で働いていた時のことを書こうかと思った。確かにドラマチックだったけど、大して私の人生の根本には作用していない気がした。

 美容整形はどうだ? 言われてみれば人生のターニングポイントだった気もするけれど、それも「私を作った」とは言い難い。

 じゃあ、なんだろう。と、考えに考えてたどり着いたのは、「母親」だった。そう、確かにあの人が、今の私を作ったのだ。

 幼い頃から、「ブサイクだ」「頭の病気だ」と罵られてきた。小学生の頃、七夕の短冊に「お母さんになりたい」と書いた私を「あんたみたいな不細工で病気の子が子供を産んだら、その子が不幸になる」と窘(たしな)めた。

「あんたは、不幸になるよ。だってあんたは、不細工だから。だってあんたは、頭がおかしいから。だってあんたは、母さんの子だから」

 傷ついたつもりはなかった。気にしてるつもりもなかった。

 だけど、後から気づいた時には遅い。私の内側にできた傷はいつのまにか化膿していて、母親からの言葉の呪いは、後からじんわりと、だけど確かに効いていたことを知った。

 強い毒ほど、後から効果を発揮する。水商売を始めたのも、美容整形をしたのも、母がきっかけだった。そう、まさしく。確かに母が、私を作り上げた。母の呪いの言葉たちは、私の美意識や自己肯定感を捻じ曲げて、今となってはもう、正しい姿がどうだったかも、分からない。

◆「美しい人が幸せになれる」という母の人生観

 私の母は、可哀想な人だった。特別美しくもなくて、それでいて、歪んだ「人生観」を持っている。「美しい人だけが幸せになれる」という人生観である。

「あの子、不細工だよね。あんまり仲良くしなくていいんじゃない」

「あの子は可愛いから、もっと気にかけてあげなさい」

「あんたはあの子より不細工だから、幸せになれないよ」

 彼女はそうやって、容姿と幸せをつなげた考えを、私に伝え続けていた。そしてその言葉たちはおそらく、彼女の真ん中にある劣等感が作り出したものだ。

 私の母は、気づいていた。自分が美しくないことを。そして彼女は確信していたのだ。自分が、幸せになれないことを。可愛いものが好きなはずの彼女は、いつも地味でよれた安物の服を着ていて、何も欲しがらなかった。ただ安月給のパートをしながら、美人な友達や芸能人を羨んで、いつも歪んだ顔をしていた。

◆“母親が壊れた日”の記憶

 そんな彼女が、私を産んだ。今思えば彼女は、自分のできなかったすべてを、私に投影したかったのだと思う。まだ幼かった私の長い髪にパーマをかけさせ、育ちの良いお嬢様の真似事をさせた。金銭的余裕なんてないくせに、昔の写真に写る私は、いつもブランド物の洋服を着て、にっこりと微笑んでいる。

 母親が本格的に壊れたのは、私が小学4年生になった頃、長くのばした髪の毛を、クローゼットに隠れて切り落とした、あの日が境だったと思う。

 無造作に切り落とされたショートヘアで自分を睨みつける娘にむかって、彼女は「不細工」とひとこと言ったあと、そこから、私に関する一切の関心を無くした。暴言が始まったのも、その後だった。

 私と母の確執は長く長く続き、最終的に連絡を絶ったのを最後に、約3年間、私は「母親」という存在を忌み嫌い続けていた。「あいつのせいで」という思いが私の心の中に居座って、どうやって処理して良いのかも、分からないままだったのだ。

◆母からの連絡「虐待してごめんな」

 そんな母から連絡が来たのは、つい半年前のことだった。

「虐待してごめんな。やけどもうやりなおせへんし、母さん、どうしたらいい?」

 私のもとに、そんな一通のテキストが届いたのだ。私は無表情にそのテキストを読んだ後、自分の心にあった「あいつのせいで」が、スッとほどけていくのが分かった。それは、「謝罪を受け入れたから」、ではない。恨みや憎しみが、同情に変わったのだ。

 母は、可哀想な人だった。美人しか幸せになれない世界に生まれたと思い込み、自分の容姿を好きになれず、そしてその考えを正してくれる人に、出会えなかったのだろうと思う。おそらく、時代もあったのかもしれない。

 そんな可哀想な彼女が、自分なりの「幸せになれる方法」を、娘に適用しようとした。その結果が、この有様だったのだ。

「不細工は幸せになれない。せめて自分の娘だけは美しく保って、幸せになれるように導こう」

 そんなふうに考えて産んだ娘の容姿が自分にそっくりで、せめてもと美しく伸ばさせた髪の毛を切り落とされた日には、心が折れてしまって当然だったのかもしれない。

 私はまだ、母親の呪いから、解放されていない。母親の言葉が作り出した醜い私は、今もまだ、私の心の奥で息をして、時々、叫び声をあげる。

 だからこそ、いくら同情を経ても、母親を許そうだとか、愛を抱こうだとか、そんなことは思わない。幼い頃から形成されたこの歪んだ価値観は、今更抱きしめられたって修正されるものでもないわけで、一言で言えば、「もう遅い」のである。

◆親と子は、偶然の巡り合わせ

「あなたの話をしてください」

 これほどまでに難しいテーマはない。だけどひとつ言えるのは、私は母親が原因で曲がりくねった軌道になった人生を、どうにかこうにか修正してここにたどり着いた、ただの女である。

 だけどその曲がりくねった軌跡のことを文章にしたら、なんだか「面白い」って褒めてもらえたもんだから、それを書いて、生きている。

 それは時に辛い仕事ではあるけれど、自分の通って来たすべての道に意味を持たせるような作業だから、私は今の仕事を、気に入っている。

 ああ、そうだ。「親」についてのコラムはわりかし多く書いていて、答えを求められることも多いから、今回のコラムとは関係ないけれど、少しだけそこについて、私なりの答えを書いておきたいと思う。

「親と子」なんてものは、ただの偶然の巡り合わせである。そこに、特別な意味などない。

 大切にするもしないも、その関係性の中で決めれば良いのであって、「血が繋がっているから」という理由だけで、一生涯その人に縛り付けられる必要なんて、ない。

◆許すとか、愛するとか、どうだっていい

 私は18で家を出て、もう10年ほどがたった。あの時に家を出てから、右手で数えるほどしか、家族には会っていない。

 だけど私は、幸せなのだ。そして離れることで、一人で人生を切り開くことで、いつのまにか、母への恨みも消え、今は一人の人間として、ただ静かに、同じ時代を生きている。

 それで良い、それで良いと思う。

 許すとか、愛するとか、そんなことはどうだっていい。自分のことだけを考えて、ただ、生きるのだ。

 人生なんて、死ぬまでの暇つぶしだ。なんて言葉は使い古されているけれど、だけどやっぱり、その通りだなって、そう思う。

 自分のことは自分で決めて、ゆっくりと、ゆったりと生きる人が増えて欲しい。私が伝えたいのはいつも、そんな、当たり前のことだ。

<文/yuzuka>

【yuzuka】

コラムニスト。精神科・美容外科の元看護師でもある。著書に『大丈夫、君は可愛いから。君は絶対、幸せになれるから』(KADOKAWA)など。Twitter:@yuzuka_tecpizza

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