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不倫がバレて追い出された40代妻「義母と夫の世話だけの人生よりも…」

女子SPA! / 2021年9月4日 15時47分

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写真はイメージです(以下同じ)

 不倫は夫側がするだけではない。妻もまた、いけないと思いながらも恋に落ちることはあるのだ。

 それが露見したとき、夫の不倫なら妻の一存で許したり離婚したりするのだが、妻の不倫の場合は夫の両親を巻き込んでの戦闘となる場合も少なくない。今の時代であっても「家制度への思い」が強い一家や地域だと、妻が家から追い出されることすらあるのだ。

◆義父母と夫にいびられ続けた結婚生活

 とある地方で生まれ育ったマサコさん(48歳)。25歳のとき、隣町で建設関係の会社の長男とつきあうようになり、26歳で結婚した。相手は5歳年上だった。

「当然のように義父母と同居です。夫には弟と妹もいました。うちは弟がいる4人家族だったんですが、そこから一気に6人家族。

 その後、27歳、28歳、31歳と子どもを3人産みましたから、一時期は9人家族。すべての食事の支度や家事は私がやっていました」

 20年前のこととはいえ、もっと昔のドラマのような生活だった。つわりがひどいと、義母が「病気でもないのに」と文句を言う。結婚した当時、25歳と22歳だった義弟と義妹は、「お義姉さんの料理、もうちょっと味を工夫して」と注文を出した。

「そもそも義弟も義妹ももう大人なんだから、自立すればいいと思っていました。でも両親が『家にいてお金を貯めろ』と吹き込んでいたみたい。

 夫の給料がいくらだったのか私は知りません。義母が生活費を毎月、引き出しに入れておいてくれるからそこから食費と雑費をまかなっていました。私は小遣いなんてもらったこともありません」

◆買ったものをすべて義母がチェック

 高校を卒業してから結婚するまで仕事をしていたが、父親が定職についていなかったため家計は苦しく、マサコさんは給料のほとんどを家に入れていた。だから結婚したときの貯金はわずか。

 祖母が心配して少しくれたが、結婚後、わずかな貯金をときどき切り崩すこともあった。

「安い化粧水でさえ、家計費からは出せないんです。義母が買ったものをすべてチェックしていますから。だからどうしても自分の貯金を使うしかなかった」

 つきあっているときは優しかった夫だが、結婚後は彼女を守ってくれたことはない。自分は親から生まれたのだから、両親は替えが利かない、もちろん子どももそうだ。替えが利くのは「嫁だけだ」と言われたこともある。

 彼女は妻としてはおろか、母としてもまったく敬意を払ってもらえなかった。子どもを産んだことも功績ではなく、「当たり前のこと」で、第一子が女の子だったため、義父母は翌日になってから病院に来たという。

◆40歳で春が来た

 40歳のとき、自宅の近くで自転車に乗った知らない男性に声をかけられた。東京から来たひとり旅の男性で、道に迷ったのだという。

「たまたま時間があったので、少し道案内をしたんです。大きな街に出るにはどう行ったらいいかとか、近くの観光施設とかを知らせながら。

 彼が『このあたりでコーヒーを飲める場所はありませんか』と言うので、隣町との境まで行って喫茶店を教えました。すると彼、『一緒にどうですか』と。

 思わず周りを見渡したけど、知り合いはいなさそうだったし、家族が通るような場所でもなかったので、勧められるままに喫茶店に入りました」

 久しぶりの喫茶店だった。まして男性とふたりでお茶を飲むのは結婚後、初めてのこと。それだけでドキドキしたという。

「勤続20年の節目で休暇をとってあちこち自転車の旅をしている彼―タカシさんというんですがーの話は、とても楽しくて時間が過ぎるのがあっという間でした。別れ際に連絡先を交換しあいました」

 マサコさんは、それを「天からの贈り物の時間」だと思ったそうだ。その頃には義弟も義妹も家を出ていたが、腰を悪くしたものの口だけは達者な義母の世話が彼女の肩にのしかかっていた。

「2週間後くらいにタカシさんからメールがありました。無事に帰京して仕事に戻った、と。『あなたと話した時間が忘れられない』とも書いてあって、読んでいて顔が赤くなるのがわかるくらい恥ずかしかった」

◆男女の仲になり、泣けてたまらなかった

 それを機に、彼とときどきメールのやりとりをしたり、夫や子どものいない昼間に電話で話したりした。お互いの状況がわかっていくにつれ、タカシさんは「子どもを連れて東京に出てくればいい」と言うようになっていった。

「彼にも家族がいるので、無責任なことを言うとは思ったんですが、それでも私のことを心配してくれる人がいるのはうれしかった。

 タカシさんは『家は用意する、あなたの仕事は僕が責任を持って確保する』と。彼、外資系企業のサラリーマンなんですが、友だちと副業で会社を経営しているので、そこで雇うこともできるって」

 こんな家庭から脱出したい。彼女は本気でそう思ったが、踏み出す勇気はもてなかった。何よりタカシさんを信用していいかどうかさえわからない。そんなやりとりが続き、半年後のことだ。タカシさんは「あなたに会いたい」とやってきてしまった。

「朝、私を迎えに来て車で離れた町まで行って……。ゆっくり話し、ついには男女の仲になってしまいました。

 私はセックスなんていいと思ったことがなかった。夫はいつも地元のスナックに行って酔って帰ってきて無理強いするんですが、そういうものだと思っていた。でもタカシさんは優しかった。それがうれしくてせつなくて泣けてたまらなかった」

◆家を出ることを決意。が、関係がバレた

 幸せとはこういうものか、と彼女は感じたという。子どもが小さいころは見ているだけで幸せだと思った“瞬間”はあった。だが次の瞬間、義母が子どもを連れて行ってしまったり、「あんたの育児はなってない」と責められたりするので、しみじみと子どもとの時間を味わったことさえなかったのだ。ましてや男女の間での“幸せ”など考えたこともなかった。

「男性に愛されるって、こういうことなのかと41歳にして初めて知りました」

 それだけに彼女はタカシさんに夢中になった。彼が「今度、迎えに来るから準備をしておいて」と帰ってしまってから、彼への思いがふくらむ一方だった。彼はその後も2度ほど来てくれ、家を出る算段を一緒に考えてくれた。

 そして42歳のとき、彼女はついに決意した。子どもたちは当時、15歳、14歳、11歳。上ふたりの女の子はきっと自分についてくるだろう。末の男の子は義父母も夫も手放さないだろうから、秘密裡(ひみつり)にすべてをおこなわなければならない。タカシさんとの計画通り、夏休みに子どもたちを東京へ連れていく許可を夫からとりつけなければいけない。

 だがそんなとき、「これは何だ」と夫が写真を彼女に投げつけてきた。数日前、「これが最後。次は東京で会おう」と彼が来たときのふたりの写真だ。彼の車でラブホテルに入っていくマサコさんの顔がしっかり写っていた。

◆出ていけと言われ、東京へ

「義母は『イヤだイヤだ、どうしてこんな女が。顔も見たくない』と。毎日、介護しているのに……。私はその日の深夜、夫からボストンバッグをひとつ渡され、『荷物を詰めて出ていけ』と言われました。『子どもがいるから出ていきません』と言ったけど、『それならオレたちが家を出る。おまえに二度と子どもとは会わせない』って。

 謝り続けましたが、出ていけの一点張り。最後は義母が包丁を持ちだして、『あんたを殺して、子どもたちも殺して、私もあの世へ行く』と叫びだして。いたたまれずに家を出ました」

 その日は最寄り駅まで30分近く歩き、駅近くのベンチで一夜を明かした。朝、家に電話をかけると夫が出てすぐに切られた。もう一度かけると留守番電話になっていた。会社にかけて出てくれた社員と話そうとすると、『奥さんと話すとクビになるんです』と言われた。

「タカシさんに電話して、顛末(てんまつ)を話すと、子どものことはあとからなんとかするから、とりあえず出ておいでと言われて。もうどうせこの町にはいられないと東京に向かったんです」

◆彼とはビジネスだけのつながりになった

 その後、タカシさんの会社で仕事をさせてもらい、アパートも借りた。彼のアドバイスで、弁護士を立てて夫と話し合ったが決着せず、裁判にまでなった。

「最後は、末の息子が『僕はここにいる』と言ったと先方の弁護士に言われたのが決め手で、私はすべて折れました。夫からは300万円もらって離婚して。一度も子どもたちには会っていません」

 あれから6年、今年の春、長女と次女がマサコさんに連絡をくれた。コロナがおさまったら会う予定だ。そしてタカシさんとの関係は、今はビジネスだけのつながりになっている。

「タカシさんの奥さんにバレそうになって、ほとぼりが冷めるまでプライベートでは会わないようにしようと言っているうちにお互いに冷めてしまったんです。

 でも仕事はさせてもらっているし、私も必死でパソコンを覚え、ようやく少しは役に立てるようになってきましたから、彼には本当に感謝しています」 

◆恋が人生を変えた

 彼は「あなたの人生をめちゃくちゃにしてしまった」と言ったこともあるが、あの家にいたら今は生きていられなかったかもしれないと彼女は答えた。

「半分本音です。今の私は、娘たちに胸を張って会える自分でいること。

 私は娘たちを捨てたわけじゃない。わかってほしいけど彼女たちにもわだかまりはあるでしょう。ああいう家庭の状況があったとはいえ、恋に狂って家を出たのは私。自分で自分が許せないと思うこともあります」

 マサコさんが低い声で話すだけに、静かな迫力があった。自分を許せない彼女、そんな母親を娘たちはどう感じているのだろう。そして17歳になった息子は……。

「私を許してほしいとは思っていない。ただ、子どもたちが自分の願った通りの人生を歩めるよう、これから少しでも助けになればと思っています」

 恋が人生を変えた。これでよかったのかどうか、彼女が結論を出すのはまだ早いのかもしれない。

<文/亀山早苗>

【亀山早苗】

フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。Twitter:@viofatalevio

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