江國香織、2年ぶりの長編小説を絶対に『小説すばる』で連載したかった理由

週刊女性PRIME / 2019年6月16日 16時0分

江國香織 撮影/矢島泰輔

 江國香織さんの2年ぶりの長編小説『彼女たちの場合は』は、10代の少女ふたりのアメリカ旅行を描いたロードノベル。

 家族とともにニューヨークの郊外に住む14歳の礼那(れいな)の家には、日本の高校を自主退学した17歳のいとこの逸佳(いつか)も暮らしている。10月のある日、礼那と逸佳はふたりきりで“アメリカを見る”旅に出た。

 ボストンを皮切りに長距離バスのグレイハウンドや全米を走る旅客鉄道アムトラックを乗り継ぎ、ときにはヒッチハイクも行いながらふたりの旅は続いていくのだが──。

久しぶりに若い人の
物語を書きたかった

「私自身、アメリカに留学していた23歳のときに、友達とふたりでアメリカ旅行に出かけたことがあったんです。当時はデラウェアという田舎町に住んでいたのですが、もっといろんなアメリカを見たいなって思って。グレイハウンドに乗ってボストンとポーツマスに行ったんです。そのころの私は、精神年齢が幼かったんでしょうね。ずっと赤ちゃんの人形を抱いて旅をしていました(笑)」

 その話をした際、当時、『小説すばる』の編集長を務めていた高橋秀明氏に小説に書くことをすすめられたという。だが、実現できないまま高橋氏は2014年に急逝してしまった。

だから、アメリカ旅行の話を書くなら絶対に『小説すばる』で連載したいと思っていたんです。私自身が年齢を重ねるにつれて主人公の年齢も自然と上がってきたので、久しぶりに若い人の物語を書きたいと思ってもいました。そうした理由から、あのとき彼と約束した旅の話を書くことにしたんです

 14歳の礼那は、子どもの無邪気さの中にも、大人びた部分をあわせ持つ女の子だ。

変な日本語ですけど、私は子どもってすごく大人だなって思うんです。私が書く小説にはわりと多く子どもが出てくるんですけど、それは子どもの大人さ加減とか、大人の子どもさ加減を書くのが好きだから

 恋愛が出てくる小説を書くことが多いのも、恋に落ちるとひとりでいるのが寂しくなるとか、触れたいとか一緒にいたいとか、よくも悪くも子どもの部分が出てくるのが面白いなと思っているからなんです。礼那は、子どもの持つ大人っぽさを体現している子どもだなと思っています」

 常に冷静でさまざまなことを憂ういとこの逸佳は、礼那と比べると一見、自己肯定感が低い女性のようにも思える。

「それはきっと、性格というよりも17歳という年齢による部分が大きいような気がします。17歳と14歳ってたった3つ違いですけど、この年代の3歳の差は大きいですよね。それに、16歳、17歳、18歳くらいって、きっと、すごく屈託が出る年齢なんじゃないかなって思うんです。だからふたりの年齢による差も書いてみたいと思いました

旅をする気分で
読んでもらえたら

 ふたりが旅する場所の多くは、自身の記憶や資料をもとに描いているそうだ。一方では、この作品を書くために実際に訪れた町があるという。

「私がアメリカ旅行をした30年前と今とでは、グレイハウンドは絶対違っているはずだから乗っておこうと思って。

 目的地はどこでもよかったのですが、とあるコンサートを目当てにテネシー州のナッシュビルという町に行くことにしたんです。その結果、礼那と逸佳もナッシュビルを訪れることになりました(笑)」

 礼那がナッシュビルで食べたワイルドベリーラヴェンダーのアイスクリームや好物のリースチョコレート、ほかの町で食べた揚げ菓子のファネルケーキといったお菓子は、江國さんが実際に味わったものだという。

「留学していたときにフィラデルフィアの球場で出あったファネルケーキがすごくおいしくて。帰国するときには、スーパーでファネルケーキのもとを山のように買って帰りました。中にピーナッツバターが入っているリースチョコレートも大好きなお菓子なんです。

 ふたりは子どもなのでお酒を飲めないし、高価なレストランにも行かれないし、食べる物のバリエーションがどうしても少なくなってしまうんですね。それだけに、この作品では私の食いしん坊なところが役に立ちました(笑)

 旅行をきっかけに、礼那と逸佳はもちろん、周囲の人間も変わっていく。特に、礼那の両親には如実な変化が表れる。

「礼那と逸佳は家出をしたわけではなく、最終的には旅を終えて帰ってきます。でも、ふたりが旅をすることで、関係者全員になんらかの影響が及ぶはずですから。その変化も書きたいことのひとつでした」

 礼那の母親の理生那(りおな)は、ふたりが旅立った後、教会に足しげく通うことで本来の自分自身に気づいていく。

「家庭の中では、妻とか母とか、姉とか妹とか娘とか、会社員なら上司とか部下とか、いろいろな役割がありますよね。そうした役割をはずすのはわりと難しいことだと思うのですが、理生那は教会という場所で本来の自分になることができた。理生那のように役割をはずした個人を持てるかどうかで、人はすごく変わると思うんです

 江國さんは『彼女たちの場合は』を、旅に出るような気持ちで読んでもらえればと語る。

さらに、もしできるならば、妻とか母といった役割から離れて、本来の自分として、ふたりの旅を目撃してもらえたら、とてもうれしいです

ライターは見た! 著者の素顔

 江國さんが“本来の自分”になれるのは、本を読んでいるときとピアノを弾いているときなのだとか。「50歳になってから、3度目のチャレンジでピアノの練習を始めたんです。毎日、1時間、楽譜を見ながら好きな曲を弾いています」。さらに、1日の過ごし方も教えてもらいました。

「午前中はお風呂に入りながら本を読んでいて、1日に1時間はピアノを弾いていて、夜はお酒を飲んでいるので。最近は小説を書く時間がちょっとしかないんです(笑)」

PROFILE
●えくに・かおり●1964年生まれ。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で第15回山本周五郎賞、'04年『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞、'07年『がらくた』で第14回島清恋愛文学賞、'10年『真昼なのに昏い部屋』で第5回中央公論文芸賞、'12年『犬とハモニカ』で第38回川端康成文学賞など、受賞多数

(取材・文/熊谷あづさ)

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