市川海老蔵が東京オリンピックでどうしても実現させたい小林麻央さんの「願い」

週刊女性PRIME / 2019年6月20日 5時0分

市川ぼたん襲名の際は、緊張した麗禾ちゃんが海老蔵に耳打ちする微笑ましい場面も

「私も襲名が控えていますし、そこまでの余裕がないのが事実です。それにいまだに思ってますから、なかなか難しいかな」

 6月11日に行われた、地方創生を目的としたPRイベントで、市川海老蔵が小林麻央さんへの思いを語った。

「『プロポーズの言葉コンテスト』の授賞式だったので、報道陣から再婚の可能性について質問があったんです。変わらない麻央さんへの愛を感じました」(スポーツ紙記者)

 麻央さんが亡くなったのは、'17年6月22日のこと。

闘病生活の中で綴られたブログ『KOKORO.』には多くのコメントが寄せられました。2年たった今でも閲覧者が絶えず、人々の心に残っています。海老蔵さんも、さまざまな場所で麻央さんへの思いを語っていますね」(同・スポーツ紙記者)

 6月9日には、新潟市でブランド米『新之助』の田植えイベントに勸玄くんとともに参加。自身のブログに《ママの故郷で田植えが出来て二人も喜んでます》と綴った。

 10日に初会合があった東京パラリンピックに向けての懇談会でも、海老蔵が麻央さんのエピソードを披露して、バリアフリーを提言した。

「麻央さんが闘病中、車イスを利用して病院に行くことがあり、困難が多かったというお話をされていました。今回、懇談会のメンバーに選ばせていただいたのはそばで麻央さんの闘病を支えた海老蔵さんだからこその視点があると感じたからです」(都庁関係者)

 '14年から長野県の志賀高原で行われている植樹プロジェクト『ABMORI(エビモリ)』に出席したときは、

「キャスター時代に植樹活動を行っていた麻央さんに助言をもらいつつ、海老蔵さんが始めた活動です。麻央さんの遺志を継いで、海老蔵さんは毎年参加していますよ。子どもたちは元気いっぱいでしたが、麻央さんのブログを書籍化することについての発言が気になりました」(前出・スポーツ紙記者)

 海老蔵は、麻央さんの死から半年後に、ブログの書籍化と乳がん患者をサポートする基金設立の計画を明かしたがいまだに実現していない。その理由をABMORIの会見で、「こちらが信念を持ってやろうと思っても、それを曲げてとらえられてしまう。今の時点では(計画を進めることが)ネガティブではないかと考えている」と述べていた。

一部ネット上では“金もうけのために麻央さんを利用している”“本の印税はどうするつもり?”といった、心ない声があがっています。少しでも多くの人に麻央さんの思いを届けたいと活動している海老蔵さんは、こういった意見にかなり心を痛めているようです」(芸能プロ関係者)

 こうしたバッシングのせいで、計画は頓挫してしまうのだろうか─。芸能レポーターの石川敏男氏は、いまは別の“夢”に向けて彼が動いていると話す。

麻央さんの願いは、息子が歌舞伎の名跡を継ぎ、娘が世界中の人の前で踊る日が来ることです。5月に麗禾さんが市川ぼたんを襲名したのも、来年の東京オリンピックの開会式で親子3人が踊るための第一歩。

 今は襲名とオリンピックに集中している時期なので、それが落ち着いたら、麻央さんの遺志を継ぐための活動を再開するでしょう

 麻央さんの“遺志”は、海老蔵の思いとともに変わらずあり続ける。

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