教師生活38年の私に教えてくれた、“困った子”がついた「やさしい嘘」

週刊女性PRIME / 2019年7月28日 14時0分

※画像はイメージです。

 今、教師にとって「学校」はたいへん過酷な場所になっています。いじめや不登校問題、教師の体罰や不祥事、難しい保護者や地域への対応など、教師の悲鳴が聞こえてくるような教育現場。日々の指導だけでなく、今までになかった教育内容の新規導入などによって教師の負担やストレスは加速度的に増えてきています。
 そんな「やらなければいけないこと」が増殖する中、「働き方改革」という魔法のような言葉の狭間で、身体も心も疲れ果てリタイアしていく教師が数多くいる、ある意味、ブラック企業にも見えるこの教育の場で、教師生活38年の私が「子どもから学んだ」ことを綴ります。

「あかりをともす」

 以前、ある学校の支援員の方と話をする機会があり、「子どもの中にいるのは文句なしに楽しいね!」と話してくれました。そして彼はこう続けました。

“先生! 一緒にスキップして!”と、腕を組んでくる子がいたんです。“いいよ!”と一緒にスキップしたんだけど、それだけであんなにうれしそうに笑ってくれる、子どもとリズムを合わせて動き、一緒に笑うことがこんなに幸せなことなんだって

 その当時の私は、毎日の授業の準備や取り組みの忙しさに追われ、小さな幸せや感動を忘れてしまったり、感じにくくなっていて、その言葉にドキッとしたことを覚えています。自分自身を振り返って、子どもたちにもう1度、向かっていきたくなる話でした。

 子どもと笑顔をともにすることが幸せなことだということ、私も含めて学校の教師はどれだけ感じていることでしょう。

 そして、こんな話もされました。

一緒にいるとき、子どもがぽろりとこぼす言葉や見せる表情から、その子の抱えている『闇』に気づくときがあるんです。そのときは、どうやって小さいあかりを見つけてあげられるだろうか……、そっと背中に手を当てながら一緒にさがすんです

 温かく、強く心に響く言葉に『どんな子も、目には見えない、いっぱいの「育ちの不安」を抱えて生きていること。自分を認め、支えてくれる人を探しながら、居場所を求め、さまよっている子がいること』に気づかされました。
 そんな子どもたちを支えるには、大人の目線からではなく、ひとりひとりを大切に考え「そっと背中に手を当てながら、一緒にあかりをさがす」ことが必要だ。そう強く感じずにはいられない出来事でした。

 どんな子も、生まれつき自分で力強く育つ力を持っています。ひとつひとつの「発達」の階段を1歩ずつ、一生懸命に自分で上っていくのです。私たち大人は、子どもの力を信じ、しんぼう強く見守り、彼らが自分を発揮できるような「場所」や「道しるべ」を一緒に探してあげるべきではないでしょうか。

 とはいえ、私自身、教師として彼らのことを考えるがあまり、些細なことを見落としてしまうこともありました。そんな中、私をハッとさせてくれた出来事が以前の学校でありました。

「困った子は困っている子」

 毎日のように遅刻をしてくる男子生徒に、「なんでなん?」と尋ねると、「朝に頭やお腹が痛くなる」と言うのです。

 教室では元気いっぱいに活動できるのに、なぜ毎日、朝になると体調が悪くなってしまうのだろう。これはなにかおかしいと思い、じっくり話を聞いてみることにしました。すると、彼は申し訳なさそうに私に話をしてくれました。

お母さんが疲れていて、朝起こしてくれへん。でも、それを言うたら、きっとお母さんが先生に怒られるから、僕がしんどいと言うてた、ごめんなさい……

 遅刻ばかりしてくる「困った子」が、お母さんをけなげに思っていたこと。お母さんを守ろうとしていたこと。

 彼の「困っている」背景を考えようともせず、ただ叱っていた自分が、教師として、大人として恥ずかしく感じました。そして、彼のことを今まで以上にいとおしく感じる瞬間でもありました。

 健やかな育ちのためには子どもの立場や目線に立って考える大人の存在が必要です。それからというもの、どんな子どもたちも徹底的に認め、愛情をたくさん注いでいきました。どんな『闇』を抱えている子どもでも、ある日、心を開き満点の笑顔を見せてくれる日がいつかきっと来るのです。

 私たち大人は、日々の生活に追われ、いつしか子どもの本当の声を聞き取れなくなってしまいがちです。彼らが与えてくれる幸せにも鈍感になってしまいます。そんなとき私はいつもある保護者が話してくれたことを思い出します。それは私が教師になりたてのころでした。

「この子は私の神様やし……」

 私の教師生活のスタートは養護学校(現在の特別支援学校)で、7年間、重度の障害がある子のクラスでした。寝たきりで、言葉もなく、食事や排せつもうまくいかない子どもたちの授業づくりは、指導書もマニュアルもない中、物言わぬ子どもから、そしていちばんの理解者である保護者の方から「教えてもらう」ことがなによりも大切でした。

 初めての家庭訪問のとき、呼吸もしんどくて、夜中でも2時間おきに起きて痰(たん)をチューブで吸引する必要があり、10数年間はゆっくり寝たことがないという、でも底抜けに明るかったお母さんが私にこう話してくれたのです。

夜が明けて、目が覚めて、この子がちゃんとがんばって息をしてることに、毎日ホッとして、また一日わたしもがんばろう! と力がわいてくる。

 元気をくれてありがとうって毎日、感謝してます。

 この子は私の神さまやし……

 教師になりたての私は、その話に返す言葉がありませんでした。帰りぎわに「お母さん、ありがとうございました!」と頭を下げながら家を後にしたことは覚えています。

 その後、いろんな学校を経験しましたが、子どものことで困ったり、悩んだりしたときは、その話をいつも思い出してきました。

 ひとりひとりの子どもの存在には、その子自身の、そして周りの人々の熱くて温かい「ねがい」や「いのり」がいっぱいつまっています。それに少しでも応えられる場を用意するのが教師の仕事でもあり、大人の仕事だと思うのです。

 子どもたちの「ねがい」や「いのり」がいつか実を結び、たくさんの笑顔となって花咲き、学校がともに生きる「人の豊かな育ち」の場となることを心から願っています。

PROFILE
畠田 靖久●はただ・やすひさ●現在、京都市教育委員会生涯学習部首席社会教育主事。関西大学哲学科を卒業後、平成3年京都市立呉竹養護学校(現在の総合支援学校)を皮切りに藤ノ森小学校、醍醐西小学校で教諭を歴任する。教育委員会生涯学習部主事を経て、校長として7年間小栗栖宮山小学校に赴任する。平成30年退職後、教育委員会で上記現職。特別支援教育、人権教育の学校現場での実践を進める一方、PTAや「おやじの会」、学校運営協議会など地域ぐるみの教育活動や生涯学習を進めている。平成30年全国特別支援教育研究連盟功労者表彰 

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