市川海老蔵が小林麻央さんから受け継いだ「2つの願い」は、なぜ実現しないのか

週刊女性PRIME / 2020年6月23日 21時0分

(左から)小林麻央さんと市川海老蔵

 新型コロナウイルスの影響で今年5月に予定していた息子・勸玄くんとのダブル襲名が延期になった市川海老蔵(42)。このお披露目は3年前の6月に乳がんでこの世を去った小林麻央さん(享年34)の夢のひとつでもある。海老蔵にはほかにも、妻から受け継いだ願いがあったのだが──。

延期になった襲名と妻への愛

 息子からの質問に答えたり、一緒に鬼ごっこをして遊ぶ─。このような微笑ましい動画を投稿しているのは市川海老蔵だ。彼は6月3日に公式ユーチューブチャンネルを開設。続けて7日にはツイッターも始めた。

海老蔵さんは、1日にブログを30回近く投稿することもある大のSNS好き。長女の麗禾ちゃんや長男の勸玄くんとの普段の生活も動画で公開しています。いろいろ忙しいはずなのに、すごいですよね」(スポーツ紙記者)

 一見、穏やかそうな海老蔵の日常だが、今から3年前の'17年6月22日に、妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが乳がんで亡くなった。

海老蔵さんは自身のブログで、'18年の麻央さんの命日には彼女との思い出を投稿。昨年も《麻央はとても尊く偉大で計り知れない存在です。私はずっと彼女の事を話し続けるでしょう》と書き込んでいます。いまだに愛しているんでしょうね」(同・スポーツ紙記者)

 そんなふたりの出会いは麻央さんがキャスターを務めていた『news zero』(日本テレビ系)だった。

「番組で麻央さんが海老蔵さんにインタビューをしたことがきっかけで親密な間柄に。その後、'10年3月に入籍。交際期間はわずか6か月のスピード婚でした」(同・スポーツ紙記者)

 大きな話題を呼んだふたりの結婚だったが、その結婚生活も波乱の連続だった。

「麻央さんが嫁いだ市川家は、350年の歴史を持つ歌舞伎界の超名門。歌舞伎役者の妻として多くの知識を身につけなくてはなりません。さらに結婚した当時の海老蔵は毎夜飲み歩くほどの遊び好き。

 '10年11月に飲食店で暴走族グループと暴行事件を起こし、全治6週間の重傷を負いました。そんな彼も尊敬していた父である、先代の市川團十郎さんが'13年2月に亡くなったことで落ち着くのですが'14年10月に麻央さんの乳がんが発覚したんです」(同・梨園関係者)

 麻央さんは、がん発覚後の'16年の9月に闘病ブログを開設する。

彼女の『KOKORO.』というタイトルのブログは闘病中にもかかわらず頻繁に更新。麻央さんほどの有名人が包み隠さず病気や家族のことを前向きに書いたことで、大きな反響を呼びました。その結果、英BBCが世界の人々に感動や影響を与えた『今年の100人の女性』の1人に日本人として初めて選出したのです」(制作会社関係者)

 懸命に病と闘っていたが、発覚から2年8か月後に、願いが届かず、この世を去ることに。

夫に託した麻央さんの夢

 歌舞伎界にとって麻央さんとはどんな存在だったのか。歌舞伎評論家の喜熨斗勝氏に聞いてみた。

彼女は歌舞伎役者の妻として歴代最高といっても過言ではない人です。暴行事件で失意の底にいた夫を支え、立派な歌舞伎役者に成長させました。誰よりも市川家の伝統を大事にしていました。だからこそ、海老蔵さんと長男の勸玄くんの襲名を心待ちにしていたんです

 麻央さんが待ち望んだ海老蔵の『十三代目市川團十郎白猿』、長男の勸玄くんの『八代目市川新之助』というダブル襲名は、今年5月から披露公演を行う予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまった。

「公演を5月からにしたのは、オリンピックの開催に合わせて海外からの訪日客が増えるということで、世界中の人に歌舞伎をアピールするという意味合いもありました。でも、それ以上に“海老蔵”でなく“十三代目市川團十郎”として麻央さんの命日を迎えたかったという気持ちもあったのだと思います」(喜熨斗さん)

 芸能ジャーナリストの佐々木博之氏は、今後の公演開催の難しさについてこう語る。

歌舞伎関係者によれば年内の公演は難しいという見解です。歌舞伎界はご贔屓さんで成り立っている世界ですから無観客で行うわけにもいきませんしね。しかし、海老蔵さん自身は周囲に“延期はしかたない”と状況を前向きに受け入れているようです

 延期になってしまった麻央さんの夢である“大名跡の襲名”だが、海老蔵がいまだ叶えられない彼女の夢は、これだけではない。

「麻央さんは生前“乳がんで苦しむ人たちに希望を届けたい”と言っていました。その気持ちを酌んで海老蔵さんが計画したのが“ブログの書籍化”と“乳がん基金の設立”だったんです。彼女が闘病生活をブログで公開していたことで、多くの人が乳がんへの危機意識を持つようになりましたから、彼女の名前を冠した基金の設立や書籍は大きな意義があるだろうといわれていました」(前出・梨園関係者)

 その後、麻央さんのブログ記事を英訳するなどといった試みが行われたが、3年たった現在に至るまで書籍化という夢には到達していない。

「一時期は実現に向けて話がまとまっていたそうですが、その取り組み自体も一部で売名行為などと揶揄されることもありました。こういった声には海老蔵さんも “批判を乗り越える力はない”と弱気なコメントをしています」(前出・スポーツ紙記者)

各所に問い合わせてみると

 書籍化の動きはどこまで進んでいるのだろうか。麻央さんのブログを運営する『サイバーエージェント』に問い合わせてみると、

「書籍化のお話があったことは存じていますが、今日まで海老蔵さんサイドから具体的なお話はありませんでした」

 乳がんの啓蒙活動を行う『認定NPO法人J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)』にも聞いてみた。

「先方からは特にお問い合わせはありません。われわれと同じ、がんの支援団体からもそのような話は聞きませんね」

 海老蔵からは、これといったアクションはなかったようだが、“彼は、麻央さんの思いを忘れたわけでは決してない”と、前出の喜熨斗氏は言う。

「海老蔵さんが、今いちばん重きを置いているのは市川家の伝統を守り “團十郎”の名前をしっかり襲名することです。ここ数年で父と妻を亡くしてしまった彼ですが、その苦難を越えて人間としても役者としても大きく成長しています。襲名披露公演という一世一代の大舞台をやり遂げ、いずれ来る “新しい團十郎”を無事に受け継いだときに、初めてほかのことに向き合えるのではないでしょうか

 海老蔵の事務所にも現状を問い合わせてみたが、

「ブログの書籍化もがん基金の設立も海老蔵個人の考えですので、事務所は今日に至るまでノータッチです」

 とはいえ、海老蔵の麻央さんに対する思いは、いまだに強い。彼女の遺志は、披露公演を終えた来年以降に実現するのかもしれない。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング