中森明菜、4つの外せないB面曲から読み解く成長の物語と「今なお愛されるワケ」

週刊女性PRIME / 2020年9月4日 19時0分

妖艶な雰囲気をまとってステージに立つ中森明菜('87年)

 '80年代女性アイドルの頂点の座に君臨し、今も昭和を振り返る番組などでは、松田聖子とともに特集が組まれることの多い中森明菜。彼女はシングル21作で週間チャート1位を獲得したことに加え、1985年に発売した『ミ・アモーレ』と'86年の『DESIRE -情熱-』で、女性歌手で初めて日本レコード大賞を2年連続で受賞。'78年~'89年に放送された人気番組『ザ・ベストテン』でも、69週にわたって1位に輝くという最多記録を打ち立てた。さらには'83年~'87年、5年連続で日本有線大賞最多リクエスト賞を受賞するなど、輝かしいヒット記録を打ち出している。

 上記の功績からも、明菜は名実ともに日本を代表する歌姫のひとりと言え、彼女の楽曲を一度も耳にしたことがないという人は少ないはずだ。しかし、その知名度に対し、彼女のシングルB面曲が語られることは意外にも多くない。例えば、同時代にトップアイドルとして明菜と双璧をなしていた聖子は、音楽番組『レッツゴーヤング』のワンコーナーソングだった『Eighteen』、卒業ソングの名曲と語り継がれる『制服』、『サントリーCANビール』CMソングの『SWEET MEMORIES』、ドラマ『青が散る』主題歌の『蒼いフォトグラフ』など、(タイアップや両A面シングルの影響もあるだろうが)コアなファン以外にも人気のB面曲が大量にあり、明菜との違いは歴然としている。

 しかし明菜のほうも、シングルB面が手抜きというワケでは決してなく、むしろA面にしてもおかしくないような名曲が詰まっている。現に、'82年~'91年に発売された26枚のシングル(12インチを除く)のうち、A面とB面の作詞家×作曲家が完全に一致しているのは'84年の『北ウイング』(康珍化×林哲司)1作のみで、大半がどちらをA面にするか競うかのように作られており「こちらがA面でもよかったのでは?」というファンの意見も少なくない

 そこで、今回は当時を知らない方々にも深く知ってもらう手がかりとして、数ある名曲の中から4曲をピックアップしてみた。

低音のカッコよさ、言葉の説得力の高さ

 まず、'82年に発売された1stシングル『スローモーション』のB面『条件反射』(作詞:中里綴/作曲:三室のぼる/編曲:船山基紀)を挙げたい。本作は、新たな恋の予感をしっとりと歌いあげるA面と異なり《追いかけるほど好きじゃないわ》《どっちつかずで苛立つばかり》など挑発的な歌詞が印象的。オリコンや『ザ・ベストテン』はじめ各種ランキングで初のTOP10入りとなった2ndシングル『少女A』にも通じるツッパリ歌謡風で、中低音の歌声にゾクゾクさせられる。

 明菜本人は『少女A』よりも『スローモーション』を好んでいたと『ザ・ベストテン』で公表したのは有名な話だが、そもそも山口百恵の『夢先案内人』を『スター誕生!』で披露してデビューを勝ち取っただけあって、明菜は低くつぶやくような歌い方が得意だったことが、この『条件反射』からも改めてよく分かる。明菜のスタッフも“しっとり系”と“ツッパリ系”の双方で彼女の魅力を感じ取っていたからこそ、『スローモーション』のジャケットは清楚な衣装で真っすぐこちらを見つめる明菜の写真を使いつつ、それをリード曲とする1stアルバム『プロローグ〈序幕〉』では、白のトレーナーを着て、斜に構えガンを飛ばすようなカットを採用したのではないだろうか。

 次に、そこから約3年経った12作目のシングル『SAND BEIGE -砂漠へ-』のB面『椿姫ジュリアーナ』(作詞:松本一起/作曲:佐藤隆/編曲:井上鑑)。もの悲しい笛の音から始まるエキゾチック路線の歌謡曲で、《舞台が済むと売れ残りの ワインの瓶を売り歩く》《笑いながら泣いて 歌い踊る 私は踊り子 愛もない》という薄幸な女性を、わずか19歳にて見事に演じ切っている。それ以前にもつぶやく、またはささやく感じで歌唱するバラードをシングルのB面で取りあげていたが、本作から言葉の説得力が格段に増している

 '85年の明菜は、7作目のアルバム『BITTER AND SWEET』で井上陽水作詞・作曲の『飾りじゃないのよ涙は』をはじめ角松敏生、ASKA、EPO、吉田美奈子など個性的なソングライター提供の楽曲を次々と“明菜流”に歌えるようになり、アイドルというよりもアーティスト色を一気に強めていった。

B面曲もテレビ番組でよく歌われた

 そして、その翌年に発売となる14作目のシングル『DESIRE -情熱-』のB面『LA BOHEME』(作詞:湯川れい子/作曲:都志見隆/編曲:椎名和夫)は、もっとも聞き捨てならない(?)B面曲と言えよう。『DESIRE』は当初B面になる予定だったが、明菜が「着物風の衣装で歌いたい」と強く望んだことでA面となり、洋風にアレンジされた着物×前下がりボブのウィッグという出で立ちと歌自体のインパクトもあって、後年にも残る歴史的なヒットとなった。20歳という若さでその時代を見抜くセンスには、驚かされるばかりだ。

 しかし、B面にまわった『LA BOHEME』も、ギターがうねりまくるハードロック調のなか、不器用にしか人を愛せない“さまよい人”を熱唱パフォーマンスで魅せる明菜が実に見事。4分間通して聴けば、誰もが「これがB面なの!?」と、驚くのではないだろうか。実際、本作は彼女のコンサートでも、上述の『DESIRE』や『十戒(1984)』などのアッパーな大ヒット曲と並べて歌われることが多かったし、'19年におけるカラオケの彼女の人気曲ランキング(JOYSOUND調べ)でも、シングルB面の中でダントツの、29位となっている

 余談だが、筆者には今から30年ほど前、明け方の電車で酔いつぶれた女性が「♪貴方も同じ ラ・ボエーム~」と、泣きながらサビの最後部分を口ずさんでいた記憶が強烈に残っている。彼女も哀しい恋をしていたのだろうか……。

 ラストの曲を紹介する前に、このころから『薔薇一夜』(シングル20作目『AL-MAUJ』B面)や『BILITIS』(シングル22作目『I MISSED THE “SHOCK”』B面)など、音楽番組で何度も披露されるB面曲が多くなったことにも触れておきたい。この流れからも「A面B面、どちらの曲も好きになってほしい」という明菜の強い意向が読みとれる。喪失感の迷宮をさまようような『I MISSED THE “SHOCK”』が11週間にわたってオリコンTOP20入りと、その前後の楽曲よりもロングヒットとなったのは、ノリのよいテンポでビブラートを利かせる『BILITIS』のテレビ歌唱効果も存分にあったのだろう。

 では、最後の1曲に話を移そう。'91年のシングル『二人静 -「天河伝説殺人事件」より』のB面曲『忘れて…』(作詞:中森明菜/作曲:羽佐間健二/編曲:小野沢篤)も、明菜を語るうえでは避けて通れない(この当時アナログレコードは発売されていなかったので、正確にはB面ではなくカップリング曲である)。3分弱の短いバラードだが《鏡に映る 私の肩には 彼との思い出 消えかかっていた》という自作詞と切ない歌声に、どうしても彼女のプライベートを重ねて聴いてしまう人も多いことだろう

 なお、ユーチューブでも無料で公開されている'91年のライブ『~夢~'91 AKINA NAKAMORI Special Live』のラスト(74分~)では、本作の歌詞をアレンジして

《いろんなこと 心配かけて 心から許してほしい (中略) 忘れないで 忘れないで みんなへのこの想い 変わらない》

 と、涙ながらに言葉を噛み締めながら歌っている。ステージ上やレコーディングでは完璧主義でありながら、ファンを大切にしたい、という想いもひしひしと伝わってきて、これも彼女が今もなお愛され続ける大きな理由のひとつだろう。コンサートでも、クールに歌い切った後、MCでは『Dr.スランプ』の主人公・アラレちゃんのような幼い声を作って、ファンの言葉に耳を傾けながら延々と喋っていたのも懐かしい。

 以上、初期10年間のシングルB面の中から、いくつか注目作を挙げてみたが、それ以降のオリジナルアルバムも傑作ぞろいなので、また機会があればご紹介してみたい。明菜の音楽に触れてみると、彼女のように「全身全霊で自分を表現したい」という若手の女性歌手がもっと現れる世の中になってほしいなと、心から願ってしまう。

(文/音楽マーケッター・臼井孝)

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